コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2009 08 10
宮台真司の日本の難点を読んだ。宮台はおそらく今日本で最も、現実を捉えた社会学者、現代社会評論家だろう。 現在の日本という国を考えたとき、対外的には戦後アメリカとの軍事関係に基づく関係を変えることで、日本の国際的な自立性を獲得することを主張し、対内的には、日本の社会を包摂的にしなければならない、というのがその主張だろう。もっとも、難しい様々な哲学者や社会学者の学説を数行の中に参照するその記述は決して簡単なものではないが主旨は外れていないだろう。 イタリアで長く暮らして思うのは、イタリアの社会は確かに包摂的(こんな言葉も決して相応しいとは思わないが)だということだ。包摂的というのは、簡単に言えば排他的の反対で内側に取り込んでくれる、そんな意味だ。彼の言う、包摂的な中間的な社会がここにはある。まず家族から始まり、教会、地域、学校、友人、社会活動、様々なレベルで包摂的な人のつながりが出来ていて、これら全てのつながりから脱落してしまうのは難しい。彼のことばを借りて言えば、底の抜けてしまった日本の社会に対して、底が何重もある、そこから脱落してしまうのが難しい社会と言える。 数行で書くのは難しいが、彼は具体的には、処方箋を示していない。し、処方箋も持っていないように見受けられる。 端的に結論を言えば、イタリアの社会を見ていて包摂的な社会の出発点は、「家族」にあるということだ。宮台もよく使う言葉だが「感情的な保障」、家族が何よりも始原的な感情保障をする包括的最小社会だということだ。余り日本では話題にならないが、カトリックのベースは「家族の絶対的な価値」にある。教会離れが進んでしまい、わずか数パーセントの人しか教会に行かなくなってしまった今のイタリアでも、「家族」という最小のコミュニティーユニットは、確たるものとして存在する。教会はまだ、離婚を認めていないし、コンドームの使用さえ認めていない。それは家族という価値に教会がある種の聖性を与えるからだ。そんな家族の弊害として、いつまでも親元を離れない、40過ぎまでも親と暮らす現代の若いイタリア人は批判の対象にもなっている。40を過ぎた一人の息子が、母親と暮らし、事あるごとにほうにキスをする場面に出くわすが、慣れるまでは思わず目を逸らしてしまいたくなる、かなりの抵抗があった。家長制という非近代的な「家族」の規範を失った日本は、戦後、共同消費体としての意味、つまりテレビや洗濯機を共有するという意味での、物理的な保障機能としての家族に走ってしまった。我が家にはカラーテレビがある、というのが帰属感を生み出す要素になった。 具体的に一体「家族」というユニットが機能するためにはどのようにしたら良いのか。それは決して簡単な事ではないと思われる。もし、イタリアの家族に接している、イタリア人のリズムで生活をしている自分に何か言えることがあるとすれば、「家族」イコール「食事」にあるということだ。毎日、一度夕食時に家族が集まって、一緒に母親の作った食事を取るということにある。ここでは、一日一回、家族の定点として夕食が機能する。向き合って食卓につけば、会話をせざるを得ない。それぞれ一体今日何があったのか、何らかの家族への提案や愚痴、希望が、雑談の中で、話される。夕食は絶対的な会話の場となる。「今日、学校でどうだった。」「仕事で頭にくることがあったんだ。」「面白いユーチューブの映像見つけた!」などという、そんな日常の会話の中で、「家族」への帰属感、家族の成員であることが確認される。何か普段と違う事が起きれば、例え言葉に出さなくとも、一緒に席に着いた家族はそれを感じ取る。人は敏感なもので、視線ひとつで何かを語ってしまう。そして、これが毎日行われることに大きな意味がある。 およそ、日本で夕食を一緒になどという議論は不可能だ。宮台の包摂的な社会も、そのベースとなる夕食が成立しない日本では、絵に描いたもちでしかない。 
最後に来て、宮台は言う。 チェ・ゲバラを引き合いに出し、利他主義の「すごい奴」が現れて、それが皆に感染していく、だから自分は楽観的だと。何か、ここまで、様々な議論を縦横無尽に書き続けてきて、え、私は楽観的です。スーパーマンが現れて、みんな感染してスーパーマンになって、日本の未来は明るい、というのは、ちょっとまってくれよ、という感じだ。いつの時代にも、ヒーローが必要なことは承知しているつもりだが。チェゲバラがヒーローだった、今でもヒーローであることには変わりはないが、当時ヒットラーもムッソリーニも、みんなヒーローで、人々はそれに感染し、権力を握った。利他主義と利己主義の、言ってみれば正と悪のアメリカ的な、西洋的な世界観の中で結論を語るのは余りに宮台的ではない。
先日、偶然、youtubeで登山家の栗城という青年を知った。彼は、単独、無酸素でエベレストを目指している。つくづく思ったのは、登山も時代が変わったということだ。8000m峰は、言ってみれば国家の威信をかけた国家的事業だったのは、50年前のことだ。それに反するようにメスナーのような、超人が現れ、一人で8000m峰を登りまくった。メスナーのイメージはまさに超人だ。それに対して、栗城は、近所のお兄さんといった感じだ。インターネットで登山の様子を配信する、バックには山岳会の大看板も見られない。本当は緊張して、怖くて、辛いけど、頑張って登るぞーとみんなに呼びかける。
社会が硬直化してくる、出口がはっきり見えなくなってくると、何故かナショナリズムが台頭する。軍国主義、ナチズム、ファシズム、力で切り抜けようとする。これは日本だけではなく、イタリアもヨーロッパの多くの国も同じだ。「日本の難点」というタイトルが表現しているように宮台は根本的なところで、自分も宣言するようにナショナリズムを標榜する。自分には頂上で日の丸だけでなく北海道の旗を掲げる栗城青年の持っている登山に対するスタンス、それが何か新しい方向に思えてならない。
それにしても、知識人の論評が、現実社会の上を横滑りしていくという「感じ」は、日本独特のもので、ヨーロッパ社会では、知識人の論評は、現実社会の中に切り込んでいく「感じ」がするというのは自分だけの印象だろうか。
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by kimiyasu-k | 2009-08-10 19:50 | Comments(0)