コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2010 04 23
1961年7月ワルターボナッティ、ロベルトガッリエーニ、アンドレアオッジョーノの三人のザイル仲間が、FRENEY谷から、中央稜、モンブランへの登攀を試みる。同じルートを目指す5人のフランス人グループと合流。季節はずれの低気圧にモンブランは大荒れとなる。頂上まで100mを残し一行は前進も後退もままならぬ窮地に落ちる。降雪、落雷の中で岩壁にしがみ付き数日を耐え忍んだ後、生き延びる道は荒天の中の撤退しかないと判断した一行は、下山を試みる。帰路は予想を絶するもので、ある者はクレパスに落ち、あるものは落雷にあい、あるものは発狂しメンバーは一人ひとり命を落としていく。最後に麓のクールマイヨールの街にたどり着いたのは僅かにワルターとロベルト、フランス人のピエルの3人だけだった。
こうしてロープウェイを乗り継いで3400Mの高さまで上がってくると、昔読んだモンブラン、イタリア語ではモンテビアンコ、の劇的な遭難のことが頭によぎる。
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by kimiyasu-k | 2010-04-24 05:30 | Comments(0)