コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2010 12 29 COMO
d0104210_2216381.jpg

朝、車で事務所のあるコモの街にはいるには、湖沿いの国道を降りて行く。この季節は、霞の中にコモのドゥオモ、司教座教会堂のクーポラが浮かびあがり目に飛び込む。このクーポラは1700年代、トリノで活躍したバロックの建築家、ユバラの手になるもので、文字通り街のシンボルとなっている。
自分の生まれ育った静岡の市庁舎には、何故かこのコモのドゥオモのクーポラに酷似したクーポラがあり街のシンボルとなっている。社会見学と、小学校のときにこのクーポラに登って街を見下ろしたのを今でも覚えている。
E.スミスは「建築のシンボリズム」の中で、クーポラという建築形態が、世界を表現するシンボルとして帝政ローマ、中世において展開していくことを丹念に追っている。 
1962年、吉永小百合主演の「キューポラのある街」という映画がでた。キューポラはイタリア語でクーポラ、だが、この映画は、川口市を舞台として鋳物工場の溶解炉キューポラが屋根から突き出し、街の景観を特徴づけていた、そこから生まれたタイトルだ。
当たり前のことだけど、建築には「形」があり、その形が例え構造的な合理性から生まれたもので、ある特殊な機能のために生まれたものであっても、一度「形」としてたち現れると、形そのものとして、人の心に刻み込まれ、それが時間とともに、個人の体験がコレクティブな意味を獲得していき、人々の間に共有される。都市の豊かさは、単に物理的なサービスの豊かさだけではいずだ。共有するべき都市の姿が、残念ながら日本の地方都市ではほとんど無くなってしまった。
毎朝、クーポラが突き出すコモの街のスカイラインを眺めて、街に入るのはほとんど「贅沢」と言ってもいいくらいだ。
[PR]
by kimiyasu-k | 2010-12-29 22:16 | 建築・architettura | Comments(0)