コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2013 01 20 あめ
d0104210_20134517.jpg
EPSON R-D1 + Voigtlander NOKTON 40mm F1.4
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by kimiyasu-k | 2013-01-20 20:14 | Comments(2)
Commented by 高橋洋一郎 at 2013-01-21 21:58 x
水滴の粒々は写ってる。だが緩くなって日本の風景といわれても違和感がない。(311以降ピントを合わして風景を見るようにぼくはなった)
ぼく、加藤さんに眼を開かれて、
次いで四月にイタリアに持ってったあたらしい安い安いLUMIXもそんなところがあるから、
まさにSIGMAが、
平面なのに立体のヴォリュームどころかマッスさえ再幻視させるその魔性に惹かれてる。メスキータもよかった。
捉えたいんもん、目の前の質料を。それに思考し驚く自我を、いつでもリフレインしたいんもん。

荏原町の画像は有意味だった。このパッケージングのなかに一葉として加えられて、ぼく自身のパースペクティヴが手にはいったように思う。
憧憬と好奇の望遠鏡にともすれば成りかねないから。
Commented by kimiyasu-k at 2013-01-22 00:43
水滴の写真をとったのだけれど、気が付いて頂き、感謝いたします。
本当は、カメラは、シグマでもエプソンでも、ニコンでも何でも良いのですが、それぞれやはり得意分野があるので、結局使い分けないとなかなか表現するのが難しいです。
で、イタリアの視線、おそらく透視画法的な、見方というのがやはりあるみたいで、対象が問題ではなく、見るこちら側が問題なのだと。
不思議なのは、日本人の顔、肉体はやはり平面的で、イタリア人の顔、肉体はなぜか立体的、透視画的なんです。
それで、パラディオが余りに透視画的なのに感激して、写真で何とか、その透視画性みたいなのを、映しこみたいと。
写真撮るときは、いつも奥行き方向をかなり意識しているんです。平面的な構図よりも、奥行きというか、空間というか。
でも、今の建築の潮流は、反対方向なんです。その、奥行きからどうしたら開放されるかというのを結局みんなやっていて、平面と立面が分解しちゃたみたいな、そういう建築が、今主流で。
だから、透視画法を復活させるのが興味の対象かな。ルネッサンスのころとは違った透視画法がどこかにあるんじゃないかな。