コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2013 02 01 セメント撹拌器
上に行くと、お城の遺跡と14世紀のサンロレンツォという教会がある。でも下にいったらセメント撹拌機があった。
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Nikon D3000 Nikkor55mm f1.2
景気、景気というけれど、モデルをシンプルにしてみれば100の価値を生産する社会は全体で100の価値をみんなで分配するしかできないはずだ。1年後に120の価値を生産することができるのが確実ならば、来年の20を今年に前倒ししてつかってしまうのも良いかもしれない。実際、これまでの日本はそのようにして未来へ借金をすることで豊かになってきた。でも、今の社会状況をみれば来年日本が120の価値を生み出せる訳は無い。新政権の言う事は、「発展幻想」を持ち出し発展途上国のような半世紀前の経済を描いている。浦島太郎政権と言われる所以だ。
だから実際には、100の価値の分配を偏在させることによって豊かな社会というイメージを作り出す意外に方法はない。自分が等分より、少しでも余分に手に入れることができれば満足という自覚でやっているなら、確かに安倍政権は支持されるべきものだけれども、みんなが等分以上のものが手に入るという幻想を抱いているのなら、とんでもない間違いをしている。
成熟社会に入った日本の政治が今やらないといけないのは、100の価値の分配をどのようにするか、100の価値をどのように豊かさに繋げる回路を作っていくのか、その2点に絞られる。
例えば尖閣などを巡り、軍事費に予算をさくことにより「強い日本」というイメージ作り出し、国民が「豊かな感じがする」なんてのも、ひとつの方向だろう。それをみんなが望んでいるならそれも仕方がない。所詮財布の中には100の価値しかないのだから。
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by kimiyasu-k | 2013-01-31 03:49 | Comments(0)