コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2013 04 09 未来
今も地方の田舎に行けばこんな風景に出会えるのかもしれないけど,日曜の午後,お昼ご飯が終わると村の教会前の広場にそれとなく子供達が集まって来て,ちょっとませたお姉さん的な女の子が,小さな子供達の面倒をそれとなくみて,まだ少し寒いけど,長閑な時間を過ごしていく。まあ,時代が時代だからしらけ気味の生意気な子もいて独りで携帯で遊んだりはしているけど,何となくみんなの仲間,でいるという。こういう景色は昭和も三十年代の昔の景色,などと言わずに日本の未来の景色であって欲しい。学習塾やディズニーランド,ショッピングセンターばかりが日曜の午後の過ごし方じゃあないと思うのだけれど。
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EPSON R-D1 Voigtlander 40mm f1.4
実際ここで大事な事は,子供達が「自治」することを学ぶ事だ。
「自治に共通するものは自律autonomyと自己統治self‐governmentの結合である。個人が他者の統制にしばられずにみずからの規範,準則,目的といった規準を定立し,みずからの意見がみずからの行為を律する余地があるとき,そこに個人の自律ないし自治があるという。自治はついで,自己の意思が自己の行為を統制する能力,意思を行為に具現する能力を要件とする。」

残念ながらディズニーでも学習塾でも,自治を学ぶ事は出来ない。ましてや学校でもそれを教えてはくれない。年,性別,興味,の異なった異種の人間の集まる小集団の中で,子供達は自分のポジションをみつけて,自分を他者に表現し,自立し自己統治することを学んでいく。家族という守られた空間を一歩でればそこにはまずコミュニケーションを必要とする他者の空間が広がっている。日本では失われてしまった長閑な日曜の午後は,子供達にとっては無くてはならない時空間だった筈だ。待てよ。311で分かった事は,極東の国では官僚,企業による「統治」が行われている事で,およそ「自治」という観念が欠けている事だ。本当に日曜午後の長閑な時間が必要なのは自分たち「大人」なのかも知れない。
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by kimiyasu-k | 2013-04-09 05:28 | Comments(0)