コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2014 05 14 見晴し台
20年以上,毎日前を通る家のすぐ裏に、こんな見晴らし台があるのを知らなかったのに呆れた.
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EPSON R-D1 Voigtlander 40mm f1.4
tumblr
日本では集団的自衛権をめぐって賛否両論,騒々しい.が、これは秘密保護法と同じで,多数をしめる安倍政権が,公明党の同意をとりつけ閣議決定という運びになっていく。集団的自衛権という言葉自体がどうも分かりにくいのは,恐らく外国語からの翻訳日本語だからかもしれない.分からない抽象的な概念は、具体的な事例にあてはめて考えるようにしている.そこで思い浮かぶのは尖閣列島だけれども、尖閣はどうも感情のもつれがあって考えにくい.ここはもう少し客観的に考えるために、「ベトナム戦争」の場合はどうなのか.ベトナム戦争は米ソ冷戦の「資本主義」対「共産主義」という図式の中で,自由を守るために、アメリカが共産主義から自衛するために戦った.もし当時,集団的自衛権が認められていたなら、そしてアメリカが日本へ軍事支援を求めたならば,あのベトコンの暗躍した熱帯の森林のなかに自衛隊を送る,ということになる.かなりの数の自衛隊員が犠牲になるのでそれはちょっとマズいのでは思う。とは言え日本の自由を守るため、共産主義から守るためだから仕方がないことなのか。イタリアでは,「共産主義者は赤ん坊を喰う」という.そんな凶悪な共産主義から日本の自由を守るためには、やはり集団的自衛権というのは、たとえそれが憲法9条に照らし合わせてしっくりしなくとも必要ということかもしれない.
尖閣列島やら竹島,北朝鮮どうも近所の国々とぎくしゃくしているから,昔と比べて世界がどこか不安定で、いつ戦争がおきても不思議がない、それに日本も備えないといけないという「空気」があるようだけれど、第二次世界大戦からいつ核戦争に発展するかわからない冷戦時代を思えば,やはり現代は随分,平和な時代だと認識したほうが正しいような気がするのは,隣国との露骨な衝突はもう懲り懲りというヨーロッパに居るからだろうか.
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by kimiyasu-k | 2014-05-14 13:23 | Comments(3)
Commented by 高橋 at 2014-05-14 21:19 x
そうだと思う。
3・11以来社会の通奏低音としての異様な緊張が、直近で具体化してきてる。
(この10日間で早朝の震度5弱が東京で2回もあった。咄嗟に南海トラフで静岡全滅を想った)

「冷戦」なんてスノビズムの左翼趣味玩具であり、僕等は手足を切断されて保育器に密閉された生来の不具者であったのだから本来認識できるはずがない。地勢において温存すべき静粛な支点を形成する民族に過ぎなかったんだもん。
77年に初めて西欧に行って官邸の衛兵がマシンガンを提げてるのに固唾を呑み、田園で頭上を通過する戦闘機のソニックブームに震撼してようやく片鱗を見た。

左翼は現在断罪されつつある。朝日新聞は東大新卒が0になった。

Commented by 高橋 at 2014-05-14 21:36 x
(77年じゃない。87年だ。)

あの日以来、表現者であるならこれを問題にしなけりゃカスだろと思い続けていたけれど、それに重畳するところの中共の非知性的な政治的言説が度が過ぎてきて、とうとう最近になって先鋭的なミュージシャンが緊張した日常を口にするようになってきた(トロい坂本リベラル竜一のことじゃない)。

のっぺらぼうの日常は過去の話だ。棘に苛まれる。「戦争を知らない子供たち」なんて京都発のギャグを時々思い出して当時と同様失笑を禁じ得ない。いったい、戦争を知らないまま生を終えた人間は歴史上どのくらいの割合なんだろうか。若い頃思い描いた未来と現在はずいぶん違うようだ。

半島はすでにとっくに問題外。フィリッピンとベトナムを蹂躙しながら経済崩壊がいかに中共を挫くかを重大な関心をもって見詰めてる今日といったとこだろう。

子孫のない人間としてのぼくが未来を発言しても意味がない。つまり、ワシゃぁ、知らん。どーでもいいわ。
Commented by kimiyasu-k at 2014-05-14 23:53
やはり高橋さんの思考はむずかしい。
勘違いされてるとしたら困るのだけれども、あれだけ世界を震撼させた冷戦というやつも、実は「共産主義者は赤ん坊を喰らう」と言うほどに、馬鹿らしく仕組まれた「覇権争い」であったのであり、そんなことのために日本の、世界の若い人々を戦場に向かわせる訳にはいかない、というのが一点。
80年まで続いたあの人類史上最悪の「第二次大戦ー冷戦」という時代に比べたら、現代は精々島の取り合い程度で、平和な時代と言っても良いのではないか。
それなのに、政治家は何故か現代が限りも無く危険な時代に突入して、日本はそれに備えるために再軍備をしなければならない、というヘンテコな理屈をひけらかし、日本全体が、ありもしない危機感を抱いているという。
論理の飛躍はあるものの、福島でダメにしちゃった「日本の国土」に比べたら、尖閣も竹島も、ほんとうに耳かき一杯にもならないのに、てことが言いたいです。
集団的自衛権などという、小手先な手段使わずに、正面から、憲法見直しを、国民に問いましょう、という事です。
あと中国と旧ソビエトは、理念としての共産主義じゃなくて、共産主義という道具を使った、国家主義だと思います。