コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2014 09 04 海外生活
石の家と降りて行く石の道,その脇には小さな畑がある。
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EPSON R-D1 COLOR SKOPAR 35mm F2.5
海外で暮らすというのは,何となく「大変だろうな」と思っている人が多いような気がする。言葉と食事,このふたつがどうもネックになっているみたいだ。確かに日本人にとっては外国の言葉を習得することは難しいかもしれないけれども,普通に生活するほどなら誰でも確実に話せるようになるから本当に心配することはない。大体,日本語だってキチンと話すのはかなり難しい。
食事に関しては,これは困ったもので,海外に観光旅行に行くのにお醤油やお米などの食材を持って行く人は「海外生活」はやめた方が良い。もちろん最近では,日本の食材は世界中何処でも手にはいるけれども,そういう事が問題ではなくて,食事という基本的なところ,ほとんど生理的なところで日本をひきずっていては,海外生活は楽しくない。いつも,「あ,日本なら,,,,」と嘆きの毎日になってしまう。一週間も旅すると,よく「やっぱり日本は食べ物は何でもあって,世界で一番美味しい。」と口にする人がいる。確かに日本では,少し大きな都市なら世界中の食べ物が食べられる。選択肢が多いことは事実だ。でもそれは日本人の食事の「様態」が単にそのようなもので,一歩外にでればその地の食事の「様態」に出会うだけで,美味しい,不味いの問題ではない。イタリアで食べる日本食ほど不味いものは無いし,日本で食べるイタリア食ほど不味いものはない。
現地の食事の「様態」が受け入れられるかどうかは,「海外生活」をするための関門かもしれない。とはいえ,イタリアというまあ食材も豊富な国にいるから言えることで,世界の中には食事だけは「ちょっと無理」っていう国もあるような気もするけれど。
あまり触れたがらない話題だけれども,「人種差別」って項目もある。これは各国様子が違うのだろうけれども,日本で起きている「ヘイトスピーチ」みたいな事がイタリアにあるんなら自分はもう日本に逃げ帰っている。そんな怖い国,外にでればいつ誰から何されるか分からないような国にはとてもじゃないけど住む事はできない。イタリアは親日的だから,こちらが「日本人」とわかれば差別はないけど「アジア人」というくくり方をされれば差別はある。でも,それは本当に10年に一度,あれこれって差別されてるのかなと思う程度であって,むしろ北イタリアに住んでいれば南イタリア人に対する差別のほうが遥かに強い。
「海外生活」の総括は,結局,「どうしてイタリアなんですか」「将来,日本には帰らないんですか」と聞かれた時に「いやあ,イタリア,女性のスタイルが良いから,,」って答えること,かな。真面目な話し。
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by kimiyasu-k | 2014-09-05 06:31 | Comments(0)