コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2015 03 06 かもめ館
嘗てはガッビアーノかもめ館という、麻薬に犯されてしまった若者の社会復帰をするための施設だった。それが7年程前に不動産開発業者に譲渡され高級別荘として改修、分譲されたけれども価格が高すぎるためにほとんど売れていないコモ湖畔に毅然と建つ館
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ミラノと東京をもう何度往復したか分からない。ミラノのマルペンサ空港を飛行機が飛び立つと,アルプスに沿ってしばらく東進しモスクワに向って航路を取る。どこまでも続くシベリアの夜を飛び続けた飛行機は,午前中の早い時間に成田に到着する。飛行機が高度を下げていくと成田周辺の景色が眼下に広がる。その色を見ただけでそこがまぎれも無い「日本」である事が分かる。冬には深い緑と薄い枯れ色の田んぼ、そして至る所に散在するゴルフ場が、薄い靄につつまれたように茫然と現れる。
一方帰りの東京からミラノに向うと到着する時間は大体夕方6時頃だ。この時期なら何とか日が暮れた直後だからまだロンバルディア平原の景色を望むことができる。だだっ広いロンバルディア平原に赤い屋根の街が散在し、ところどころに鮮やかな色の林がある。そして農耕地,牧草地はすでに映えた緑を見せている。霞はここにはなく、くっきりと大地が足下に広がっている。





他の国は余り空から見る機会が無いから何とも言えないけれども,おそらく国によってその大地に上空から近づけばその国の俯瞰的な色が見て取れるのだろう。
不思議な事は,この色は単なる物理的な景色の色だけではなく、何故かその国に住む人々の国民性,性格までとも一致するということだ。言葉も変わるけれども日本に行けばそこに居るのはほとんどが日本人であり、やはり思考や表現方法,コミュニケーションの方法もそれなりの特徴を持っている。その特徴を色で表現しようとすれば、それは紛れもなく成田空港に着陸する際に機上から見えるあの色をしている。大地の色がそこに住む人々の性格を条件付けるのか、それともそこに住む人々が大地をそのような色に染めて行くのかは分からない。
ミラノに向けて下降していく際に見える,耕作地と林の緑と赤い屋根の集落は、まさにイタリア人の性格のイメージと一致している。
性格,人格というのは色に置き換えて考えてみると何か輪郭がはっきりしてくるような気がする。
今年は年が明けてから,どうも嫌な事件が続いた。後藤さんのアイシルによる殺害事件,個人的な事ではるか昔の事になるけど事件の起きたアパートの隣のアパートに友人が住んでいて良くそこで時間を過ごした、名古屋の女子大生による殺人事件,そして中学生の18歳の少年による惨殺事件。加害者の人格を色にしてみると、アイシルの執行人はどす黒い赤であり、女子大生は冷たい薄いグレーであり、最後の少年はほとんど黒に近い,濃いグレー、そんな色イメージとなる。
仕事柄,よくフォトショップを使うのだけれども、写真の映像などに手を入れる際には色モザイクのひとつひとつが見えるほど思いっきり拡大することがある。するとどんなに複雑な映像も写真も,単純な一色の集まりであることに改めて感心させられる事がある。
色モザイクをその国にすむ一人一人にあてはめて考えてみると、その集まりによって出来てくるイメージの全体像が「国」という姿なのだということに気付く。そう思うと日本には意外とこの冷たい薄いグレー色の人がいて、飛行機からみたあのどこか朦朧とした、霧の掛かったような色はそこから出て来るんじゃないかなどと思ってしまう。車なのか何なのか黒い斑点のようなものも沢山見ることができる。

しかしよく考えてみればこの色はその人の心の色ではなくて、その人の住む世界の色なのではないかと思う。
つまり、殺人を犯してしまったような人はどうしようもなく暗い色の世界に生きていたんじゃないか、それともコンクリートの打ち放しのような冷たいグレーの世界に生きていたんじゃないかと。それとも何かに取り付かれたように真っ赤な世界に。
何となく世界はいつも自分を中心に回っているから人は他の人も同じ世界に住んでいると勘違いしている。ところが実際には、個人個人によって住む世界の色は全く違っているのだ。
岡本太郎さんなんてのは本当に原色がうごめき合う世界に生きていたのだろうと思うし、禅僧はきっと苔のむした緑の世界か、はたまた枯山水のような、墨水画のような世界に生きているのかもしれない。そういえばあの人、ピンク色の世界に住んでるな、なんてのも思い当たるし、「僕は青」なんて人も結構回りに沢山いる。
一体、この個人、個人によって住む世界の色の違いは一体どこから生まれてくるのかと考えてみる。確かに、明るい空色の国に生まれればそこに生まれた人は、比較的空色に染まり易いのだろう。逆に黒い国に生まれたら、空色の世界を描く事はほとんど不可能だろう。
心理学を勉強したわけじゃあないけれども人は生まれた瞬間から外界,自分を取り巻く世界との関係を築く事で,人格が形成されていく。子供が生まれた時にまず遭遇する外界は、母親だ。だから人格には母親のもっている色が決定的にその人の色の基礎となる。その外側の世界は家族だ。そこには父親がいて兄弟がいる。そしてその外には近隣の社会があり、親戚があり、成長するにつれて幼稚園の友達といった具合に人は自分の廻りの世界を広げて行き,その都度,新しい色が加えられて,各人固有の住む世界の色ができていく。もちろんこの色は決して固定的なものではなく、場合によっては全く違った色にと変化するかも知れないし,なにか大きな出来事が起きれば,それが決定的な出来事であれば、色を根底から変えてしまうかも知れない。
何故,こんな事をいうのかと言えば,やはり国というコレクティブなある一つのくくりによって明白な傾向がみてとれるからだ。そしてそれが、時代とともに移ろいでいくものである事を,最近とりわけ痛感させられているからだ。最近の日本は,後藤さんの殺害事件を起こしたあのジハーディジョンのどす黒い赤が,乗り移ってきてしまったとでもいうのだろうか。
30年前,バブルがはじける前の日本はこんな色はしていなかった。それはどちらかと言えば澄んだ色だった。そこには空色や緑,赤のちりばめられた色をしていた。それがここ最近はめっきり靄がかかってしまい例えまだ暗色とまではいかないまでも、色相を失ってしまった重い色で、まるで鉄がこれから錆びていくかのようなイメージになっている。その傾向がはじまったのは確かに震災の後なのだけれどもそれが震災が日本の色に根源的な変化をもたらしたものなのか,それとも単なる政権によるものなのかは良く分からない。でも国の色はやはり色モザイクと同じで,たかが数百人の毛色の変わった指導的な人間がいたからといって全体のイメージができるわけではなく、全体に関与するすべての個人の色によってできている事は確かだ。だから今,憲法を変えようと,言ってみれば戦後はじめて起きている時代の転換点で,もう一度自分が何色の世界を生きているのかを考えてみる事は決して無駄な事ではないと思う。暗い基色を誤摩化そうとオリンピックやリネア新幹線,経済成長などといった明るい色をどんなに混ぜても,濁ってしか見えない事くらいは、ちょっと絵の具を使ったことのある人なら知っている。
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by kimiyasu-k | 2015-03-07 14:26 | Comments(0)