コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2015 06 07 にく
日常の買い物は、街のスーパーと公設市場でする。日本にも昔はあった公設市場がイタリアではどこの街にも必ずある。野菜,果物,チーズや肉は,パックされてしまっているスーパーのものより遥かに美味しい(気がするだけなのかもしれないけれど)から土曜には市場とスーパーのはしごになる。チーズを買うのにもう25年以上通いつづけているのは市場のチーズ屋「FIGLIO DI CONTADINO、百姓の子供」という名のお店で、この地方のチーズが何種類も置いてある。北ヨーロッパと違って,イタリアにはその地方特有の生産者が,その地方だけでしか作られていなくて,ほとんどその地方だけで消費されるチーズが数多くつくられている。コモ湖の北から東に延びる大きな谷,バルテッリーナにはビットという標高1000メートル以上でのみ生産されるチーズがあり、カゼーラというチーズは、やはりこの地方の名物,そば粉のパスタ,ピッツォッケリに使われる。コモ湖の東にある刃物の生産でも有名なバルサッシナにはちょっと凄い臭いけれども口に入れれば滑らかで甘い舌触りのタレッジョチーズがある。別にこの地方で生まれたわけでもないのに何故かこの地方のチーズに手を出してしまうのは、やはり美味しいものが手にはいるからだろう。
この「百姓の子供」とは先代からの付き合いで,今では兄妹、と言っても自分と同じ歳だからもう白髪だらけだけれども、がお店をしている。家に帰り数種類のチーズの入ったちょっと重い袋を開くと,こうして肉、スペアリブが入っている。「あれま,またタダでくれた」。もう一回や二回のことじゃない。
イタリアも日本と同じで、街の中で野菜や果物屋を見る事はもうなくチーズ屋,肉屋だけはまだたまに残っているといった程度だ。それも最近では気が付くとブランド品の服屋やお洒落なカフェに変わってしまっていたりする。公設市場も、空いてしまったお店が目立つようになってきた。
安いから、便利だからとついついスーパーで買うようになってしまうけれども、高くても,行くのが面倒でも,かなり意識してこういうお店に行かなければ,自分たちはいつのまにか巨大企業によって与えられたものだけ を口にする貧しい消費者、つまり誰もが同じ物を口にして同じような生活をするつまらない画一的な人へと成り下がって行く。それに一体本当は何を口にしているのかも、知らない、そんな恐ろしい事になっている。
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by kimiyasu-k | 2015-06-08 06:06 | Comments(0)