コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2015 10 05 ふたりが向き合って座る窓
d0104210_12394235.jpg
EPSON R-D1x NOKTON40mmF1.4
今日の大手のネット新聞はトップに,三重県の事件,司法試験問題,ラグビーなど各社それぞれ人を引きつける記事を置いている。一方,イタリアの新聞はどこもトップにアフガニスタンでの国境なき医師団への誤爆により16名の方が亡くなられた事を大々的に報じている。戦争犯罪かと。
「報道の中立性」などという言葉があるくらいだから、新聞は事実を伝えると思いがちだけれども、そして実際どれも中立的な事実を伝えているのだけれども、新聞は紙面構成がある以上,その事件をどこに置くかというで、また扱いの大きさによってまったく中立的でない情報にとって変わる。日本の新聞はどこもアメリカ軍の誤爆を報じないか、国際面のかなり下の位置に置いている。
ヨーロッパの他の国は知らないけれども,少なくともイタリアのジャーナリズムにとってアメリカ軍による国境無き医師団への爆撃は伝えるべき第一の事件であり、それがプロとしての使命と当たり前に捉えられている。確かに日本のラグビーが快勝したことは明るいニュースだし、誰もが知りたいニュースかも知れない。でも,一般紙がトップにもってくる事件ではない。世界ではもっともっと重要ないろいろな事件が起きていて,人々がそれを知る事によって世の中の動きが変わっていくような重大事件がある。
先日まで,安保法制反対を声高に掲げていた新聞が,アメリカの誤爆をほとんど報じないというのは一体どういう事だろう。安保法制は、違憲にもかかわらずそのアメリカ軍との協同を担保するための法制であることを忘れてしまったという事なのだろうか。例えばタリバンが日本へのテロ攻撃を予告し、アメリカが今回の爆撃のようにタリバンへの攻撃をしかける際に,日本へ協力を要請した場合は,それは国家の存続にかかわる重要な事象では無いのだろうか。安保法制を通し,自衛隊が武器をもって海外で活動できるという、世界との関わり方が昨日とは状況が変わった以上は世界をもっともっと注意深く観察しないといけないし、新聞はその新しい使命を担ったはずだ。
国連での首相のシリア難民に関するジャーナリストの質問への受け答え*が全く的を外れた,恥ずべきものであった事に誰もが赤面しなければならないのに厚顔無恥とはこういう事を言うのだろう。安保法制を通して,日本はこれから積極的平和主義を世界にむけて働きかけていくと決めた以上は,世界で一体何が起きているのかを,ラグビーの試合に勝った事の前に,しっかりと見ていかない限り,積極的覇権主義の太鼓持ちになり下がって行く。
*難民問題は人の命に関わる「人権擁護」と「国家利害」というふたつの相対する価値をどう折り合いをつけるかと世界中の国に突き付けられた問題であるにも関わらず,そして首相はそれを質問されたにもかかわらず、「日本には国内で解決すべき人口問題などがある」(日本は金を出したのだから、他国人の人権はどうでもいいです。)と答えてしまった。
[PR]
by kimiyasu-k | 2015-10-04 12:40 | Comments(0)