コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2015 12 25 PROBLEMA
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EPSON R-D1 NOKTON40mmF1.4

建築というのはなかなか分かりにくいものだけれども、独りの人間と思えば良い。体と心,そして、服を着ている。
一見,素晴らしく見えた人も,実際には着ている服が良かっただけで、中身の身体は別に普通の人,みたいな事もあるし、逆にすばらしい人格の人でも着ているものが酷ければそのように見えてしまう。
建築の事をかなり深く分かっている人が建築を評価するときには、実はあまり外見の服の部分に重要性をおかない。中身の人間、人格の方を大事にする。
問題は,1980年頃から、建築そのものへの興味が,実はこの外の服の部分ばかりになってしまったということだ。
ひとつには、これは建築ジャ−ナリズムの功罪が大きい。紙面、ネット上で,おもに写真,二次元で伝える建築のイメージは、どうしてもこの服の部分を奇麗に見せる事に走ってしまう。当然,一般の人達は、建築とは表面だけが写真に写っている「物」であると思ってしまう。そして設計,建設する方もどうしてもこの写真に写し込むことのできるもの、服の部分だけに膨大なエネルギーを費やすようになる。
で,今、国立競技場の事で,問題なのは、A案は,言ってみれば「服」だけの建築であって、それに対してB案は「中身」の建築だということだ。もちろん極限して言えばだけれども。
これは「隈健吾」と「伊東豊雄」という2人の建築家の世代の違いに大きく起因している。若い人から見れば,まあふたりともすでにご年配,と映るかもしれないけれども、実は、この二人の建築家の間には、歴史的な崖、断絶が存在している。伊東さんは、近代建築という強い理念に支えられ建築を、言ってみれば建築の中身の部分を考え続けた人であるのに対して,隈さんは、ポストモダン以降の世代であり,理念としての建築から開放されて,言ってみれば中身はさておき、表層、服の部分が本質と考えて建築を探ってきた。それは、東京の環八沿いに若い頃隈さんが設計した古代建築をモチーフとした建物を見れば明白だ。今でこそ隈さんは、木などの自然素材のスペシャリストというイメージがあるけれども、そして格子などのデザイン要素が建築に強い個性を与えているけれども、これらの要素が示すところは、建築に向う姿勢としては、あの醜いコリント式の柱頭モチーフをアイロニックに扱った環八建物と全く同じであるということだ。
隈さんの建築の方法論はさておき,実は,今回の新国立競技場のA案選択は決して偶然のものでは無いと思う。これは社会そのものの価値観の現れと言いきれる。日本の社会そのもののあり方が、新国立競技場を建設するという事業に浮き彫りにされている。
言い換えれば「表層」だけ、つまり「服」だけを追っているという事だ。それが、あのような案の選択という結果を生んだ。
こう言ってもなかなか理解が難しので、別の選択肢の可能性を上げてみればわかりやすい。非常に対比的な選択として、「旧競技場を修復、改修」という方法があった。建築の服でなく中身のひとつに、建設という行為自体が、ある理念、価値観の表明という属性がある。今回の国立競技場はスクラップ&ビルト、消費という戦後の日本がずっと続けてきた建設行為から脱却という可能性もあった。木を使う事でエコロジーなどというイメージを醸し出す建築であっても実は,その本質的な理念は,かつての高度経済成長期の「大量消費」という馬鹿げたものだという事だ。
隈健吾の建築を本当に批判するにはこんな短文の中では無理だけれども、単に「どちらのデザインが優れているか」「どちらが工期が短いか」「機能的に便利か」などといった問題でなく、日本の建築が抱えた問題(端的に言えば日本の住空間、都市空間が戦後あまりに貧しく酷くなったということ)に関わる根本的な原因が、今回の新国立競技場にはあらわれている。
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by kimiyasu-k | 2015-12-25 17:23 | Comments(0)