コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2016 03 06 Lemna レムナ
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EPSON R-D1 NOKTON40mmF1.4
いくら建て主が,この家にはトイレをつけて下さいとか,部屋にはドアをつけて下さい,とか言われなくても,そんな事は設計するものが「常識」として,何も考えなくても自然と図面に,描かれて行く。
長年設計をしていると慣れてしまって気が抜けるのか,ついうっかり,トイレの無い家,ドアの無い部屋を設計したりしてしまう,なんて事は,絶対に起きない。自分で頭を働かせて図面を描いていさえすれば。でも,キャドで図面を描くようになってからは,コピペを簡単にするので,頭を働かさなくても,全く考えずに設計ができてしまう。コピ元案がトイレが無い家だったら,おそらく疑問ももたずに,トイレの無い家を設計してしまうだろう。
トイレの無い家というのは,良く言われるように,使用済み核燃料の処理方法が見付かっていない,原子力発電所の事ではなくて,白紙撤回になってしまった国立競技場となぜか全く同じ平面計画の新しく選ばれた国立競技場の計画案の事で,プランが同じと聖火台が無いってのは,偶然の一致ではなくて,コピペの結果だということは,設計をやっているものなら誰でも分かる。
業界では良くある事で,平面図はこのままで,ちょっと立面だけ考えてくれない,て奴だ。負け案作成の伊東さんはその事を,近代建築の特徴として批判している。コルビュジェが,「自由な立面」として提唱した近代建築の理念が,その建物が建てられる「場所」と何ら関係ない,世界中どこにも成立する無国籍建築で,それが地域性などを破壊してしまった。隈案というのは,そのようなプランはさておき,どんな立面でも貼付ける事ができる近代建築の理念の表れに過ぎないと批判する。
はい,もう時間切れ,ということで,隈案が選ばれると,あれだけ書いていたマスコミも突如として,一言も競技場の事は書かなくなってしまった。これも例の「報道統制」というやつが,上から下りて来たのか,それとも「これ以上問題にして遅らせたら,東京オリンピックができなくなっちゃうぞ」と自らやめてしまったのか,はたまた,新国の記事はもう人々の関心も無くなって来て商品価値がなくなってしまった為なのか。電波停めちゃうぞ発言がちょっと前にあったから,やっぱり最初の報道統制ってやつなのかと勘ぐってしまう。
設計するものがああだこうだと頑張っても,だいたいこんな大きなプロジェクトの設計料というのはおそらく3%とかそんなものだろうから,残りの97%の部分が,物事を決めていく。





















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by kimiyasu-k | 2016-03-07 06:24 | Comments(0)