コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2017 01 01 愛
あけましておめでとうございます。

d0104210_06175106.jpg
今年は愛の年だから、元旦は「愛」について書こうと思う。
イタリア人はアモーレ、愛が好きみたいな事が結構、通説になっているけれども、別にイタリア人が特別異性が好きだとは思えない。大体、異性が嫌いなら生き物は存続しないのだからそもそも自然はそんな風にできているに決まっている。
それよりイタリア人が良く言うのは、何にもまして「自分を愛する」ということだ。これはともすれば、ナルシシズム、自分勝手、利己主義と映るかもしれないけれども決してそんな意味ではない。当たり前のことだけれども、自分も愛せないのに人を愛せるわけが無い。利他的であるためには、まずはその主体となる自分を愛する、慈しむことは絶対条件だ。そして結局、自分を愛するためには、自分と向き合わないといけない。自分を見ないといけない。この世に、完璧な人間なんてないのだから、自分を真正面からみれば、あれやこれや「欠点」が見えてきてしまう。その自分の嫌なところに向き合うことが、その自分の嫌な事も含めて、受け入れてそういう自分を愛さないといけないというのだから、これはそんなに簡単なことじゃあない。何も自分の嫌いなところを直す必要もないし、人に対して無理に取り繕う必要もない。ただただ、そういう自分の人格を受け入れれば良い。
でも欠点を多く抱えた自分を愛することは結構勇気の要ることで、何にもまして人の目が気になってしまう。自分の嫌いなことろなんていうのは、例えばケチなどというのは自分では本当はそんなに嫌なことじゃないけれども人にケチだと思われるのが、どうもいけない。どこか人に蔑まされるような気がして。大体考えてみれば、ケチでない人間なんていない。怒りやすかったり感情的なんてのも、それ自体は決して悪いことじゃあないと思うけれども、時と場合によっては抑えないと、周りの人に迷惑をかけてしまい恥ずかしい思いをする。
結局自分を愛するのは相当むずかしい事だから、それを乗り越えれば他者を愛することは随分容易いものになる。ストレスを貯めながら自分を殺して集団の和を保つという発想から、自分を慈しむことで集団の和を保つという回路を作り出すことができれば、随分生きやすくなると思うのだけれども。


















-

[PR]
by kimiyasu-k | 2017-01-01 00:00 | Comments(2)
Commented by ks-photo at 2017-01-10 08:27
kimiyasu-kさん、こんにちは。藤川と申します。
拝見するのを楽しみながら、いつも勉強もさせていただいております。
見ず知らずの者ではありますが、見透かされているのではないかと思うくらい、心に響いてくる件が沢山あり、感謝しております。
本年も、どうぞよろしくお願い致します。
Commented by kimiyasu-k at 2017-01-10 19:52
どうもご丁寧なコメントありがとうございます。藤川さんのように読んで頂いている方がいらっしゃるのは嬉しい限りです。外国に暮らしているともう長年経ちましたが、結局は毎日が「非日常的」で日本の日常の中では見るのが難しい事もくっきりと見える事があり、たまに稚拙な思いつきを書いたりしています。でも日本人もイタリア人も、おそらく世界中の人が結局は根源的なところでは同じということも痛感しています。その根源的な部分をあぶり出す事ができればと思いますが、難しいですね。それにしても藤川さんの写真は魅力的です。私もいつも楽しませて頂いています。今後ともよろしくお願いします。