コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2017 03 06 よしまっつぁん
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EPSON R-D1xNOKTON40mmF1.4
おそらく小学生も低学年の頃だったと思う。大きな川の近くで茶工場や製材所が集まったところに住んでいた。そこは山の向こう側の上品な住宅地とも、華やかな街の中心地とも違って,工場で働く職工と結構立派な家に住む経営者が混住するところだった。私学なんて無い時代だから市立小学校のクラスには,職工のマズシイ子供と経営者のちょっとお金に余裕のある子供がいた。とはいえ、当時は大した格差社会ではなかったから、どの子も鼻水を垂らして膝は擦り傷だらけだった。
家から30mほどのところに吉松さん,よしまっつぁんと呼んでいた間口二軒か,一軒半の駄菓子屋があって、今思えばそんなに歳が多い訳ではないのだろうけども当時はもう枯れてしまったみたいな着物を着た老婆が「経営」していた。そして小さな店は,よく踏み固められた土間だった。奥にも2帖ほどの畳の間もあったような気がする。
そこではお好み焼きとおでんをよく食べた。お好み焼きは5円とか10円で駿河湾で獲れた桜えびと葱をアルマイトのカップにうどん粉で溶いて鉄板の上で焼き,お醤油で味付けしたもので、ソース味の関西お好み焼きとは随分ちがった、今思えば桜えびなんぞという高級食材が使われていた随分立派なものを食べていたんだとえらく感心してしまう。醤油を筆で塗った面をひっくり返し鉄板で醤油の焦げる香りがなんとも溜まらなく,半分に畳んだお好み焼きを起こし金(鉄ヘラ)で一センチ角くらいに碁盤目状に切って思い切り青のりと鰹節をかけて鉄板の上から直接食べるのが美味しかった。
おでんは今となっては静岡おでんとか言って有名になったみたいだけれども、モツが入った真っ黒なおでんで,ジャガイモや黒はんぺんは1円,モツは3円とか、そんな価格体系だったような気がする。
書いて来て思い出したのは,おそらく季節によってだろうけど、つぶ貝もあった。奥の畳のところに大きなアルマイトの鍋がありその中にはつぶ貝が茹でられていた。このつぶ貝をコーン型にまるめた新聞紙に10円買ったような気がする。爪楊枝で引っぱり出すツブ貝は、奥のウンコは大人が食べるもので,子供の自分は,不味いと食べなかった。考えてみれば,昔の子供は随分グルメをしていたものだ。
今ならスマホで写真を撮っていただろうけど,よしまっつぁんの写真は,アルバムの中にも1枚も無く,いったい、本当の当時のお好み焼きやおでんがどんなものでどれ程美味しかったのか,もう知る事はできない。
おつかいブルコーが欲しくて,チョコレートの売っているちょっと遠い本格的なお菓子屋、ナミキさんに行くようになるころには、家の近くのよしまっつぁんは無くなっていた。
















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by kimiyasu-k | 2017-03-07 15:32 | Comments(0)