コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2017 04 25 開放記念日
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第二次世界大戦の終了は,イタリアでは解放記念日と言う。これはムッソリーニを党首とするファシスト政府とドイツナチによる占領から開放された事を記念する日だ。日独伊三国同盟と勉強している日本人にはファシスト政府はイタリアそのものの筈なのにどうしてそこから開放されなければならないのかという違和感を感じてしまう。これが歴史認識というものだ。歴史は事実の羅列によってできている訳ではない。現在の自分の置かれている立場の「基礎」がどのように認識,解釈,構築されているかという問題だ。だからイタリアの現在は,ファシスト,ナチという軍事独裁政権と戦うことによって、そのような戦前の体制に反して生まれた民主主義の共和国という定義がされているのであり、その象徴的な記念日が今日,4月25日というわけだ。感情的には随分御都合主義という感じがしないわけでもない。でも「歴史」というのはこのような定義付けであり、日本が相変わらず中国や韓国から、歴史認識をとやかく言われるのは、このような現代日本の再定義を、戦前の体制との決別という形で行っていないためだ。いつまでも「感情的」に戦後を引きずっているよりも、事務的に戦後の定義をすれば良いだけなのに、こんな簡単な事も「感情的」な政治家には分からない。

































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by kimiyasu-k | 2017-04-25 20:36 | Comments(2)
Commented by carmenc at 2017-05-08 11:35 x
事実を受け入れたくない環境で育って事実を知る事もしないまま、偏ってることさえ知らないのでしょうね。
「感情的に」と言うのがぴったり言い当ててますね。まさに目から鱗です。そして理性も知性もない、常に感情的ですね。
イタリアの解放記念日の方がファシスト政府を否定していると言う意味で終戦記念日と言う誤摩化しよりいいかもしれません。今の日本は過去の政治がファシストだったと言う認識すらないように思えます。今、それがまた息を吹き返し始めています。
Commented by kimiyasu-k at 2017-05-09 01:04
感情と知性は別物と思っていましたが、知性や理性って、意外と「感情」を正当化するために、その言い訳のために人間という動物がつくり出したものかもしれません。最近犬を飼い出して、ツクヅクそんな風に思います。
日本は「平和主義」って声を大にして言えなくなってしまったのは残念でなりません。