コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

3月10日 土曜 晴れ
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今更何もこんなことを書くのもおかしいが、ふと先にみた映画をみて思い出したのは、ベニーニの作った映画"la vita è bella"とLiev Schreiberの作った"ogni cosa e illminata"について。両者とも第二次世界大戦におけるユダヤ人の虐殺を語っている。ベニーニの映画は「生きる事がすばらしい」というのが主題なのだが、それはアウシュビッツの収容所という地獄で描かれることによって、また純真な子供を登場させることによって成功している。しかし本当にその地獄を生きた人間に、そして死んでしまった人間に「生きることがすばらしい」と語ることができるのだろうか。
それに比べてogni cosa e illminataがユダヤ人虐殺から生き延びてしまった二人の人間を通して、史実が人々に本当に刻み込んだものを描き出そうとしている。人の犯した許しがたい過ちとそれを被った人々の、自殺にまでも追い込む悲しみだ。それが二人のコミカルな若者をとおして描かれることによって、今日性をもってくる。ベニーニの映画に「無意識の悪意」を感じてしまうのは自分だけだろうか。一連のユダヤ人虐殺の映画は、一見その残虐性、非人間性を告発しているようでありながら、それを道具化strumentalizzazioneしていることに注意しないといけない。数年前に評判になった戦場のピアニストもそんな映画のひとつだ。
ヨーロッパは確実に世界第二次大戦から何かを学んだ。ヨーロッパが貨幣を統一して、国境が無くなったのは決して自然に、スムーズに行われたわけではない。多くの犠牲の上に実現した。ここ数年の日本の右傾化を見ると広島はすでに忘却の引き出しにしまい込まれてしまったということだろうか。
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by kimiyasu-k | 2007-03-10 19:17 | Comments(0)