コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

3月30日 金曜 曇り
一昨日の言葉遊びを続けてみた。「美しい」の後に「女」と書くと「美しい女」。自然だ。「美しい」の後に「男」と書くと「美しい男」。「美しい日本」と同じでどうも座りが悪い。どうしてかと考えてみると、「美しい」という形容詞と「男」という名詞がどこかで矛盾するからだろう。「男」の中に「美しい」と反する何らかの形容的な要素が含まれているからだろう。「女」の中には、すでに美しいという形容的な要素が含まれているから「美しい女」というのは全く違和感がない。ということは、「日本」の中に「美しい」と反する何らかの形容的な要素が含まれているということになる。
イタリア語では美しい男、bell'uomoは全く自然だしよく使う言葉だ。
今度は形容詞と名詞を入れ替えて、「日本の美しさ」とする。これは全く自然で問題がない。日本にはヨーロッパ人が一目置く美しさが数多くある。日本の自然であり、歴史であり、芸術、先端技術。
どうも「日本」を「美しい」で括ってしまうのが駄目なようだ。括るというのはイタリア語ではFASCIO、ファッショ。これが主義になるとファシズムになってしまう。あまりいろいろ括ってしまわないほうが良いようだ。

il mio migliore amico ★★★☆☆
さすがに leconte、おもしろい。が、いつのまにかあのデリケートな心理描写を得意とするフランス映画がアメリカと同じダイレクトな心理描写になってしまった。
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by kimiyasu-k | 2007-03-31 02:04 | Comments(0)