コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

カテゴリ:建築・architettura( 47 )
2011 09 27 NESSO
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国道から湖岸への階段道をとぼとぼ降りていくと、道が折れ曲がり城の湖岸通り24番地。湖を背景にピザピアの娘さんの家の煙突が照らされている。
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by kimiyasu-k | 2011-09-28 04:41 | 建築・architettura | Comments(0)
2011 09 22 COMO SANT'ABBONDIO
サンタアボンディオ教会の脇にある回廊を囲んだ建物の窓につけられた、細い鉄格子。描く曲線がたまらなく繊細で、優雅で、美しい。
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by kimiyasu-k | 2011-09-23 02:12 | 建築・architettura | Comments(0)
2011 09 21 COMO サンタアッボンディオ教会
コモの守護聖人、サンタアッボンディオに捧げられた教会は後期ロマネスク教会の完成と言われている。教会正面でなく左右の下陣、祭壇部にあるシンメトリーの二つの塔が印象的だ。ファサードの主扉のアーチには、ロマネスク建築に特徴的な、稚拙とも思える鷲やライオンの愛嬌ある柱頭や植物紋の装飾帯がある。内部は思いの他天井が高く、空間は上に上にと延びている。次の時代のゴシック建築を予兆しているかのようだ。薄暗い内部に聖水盆が入り口から漏れる光に照らされていた。正面内陣、祭壇の背後には色鮮やかなフレスコ画が描かれている。とりわけ天井は黄金色に輝く星の描かれた鮮やかなブルーの夜空で、ロマネスク時代の色感覚に驚かされる。

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by kimiyasu-k | 2011-09-22 04:52 | 建築・architettura | Comments(0)
2011 08 23 ノアの箱舟 計画
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南北方向に細長い敷地での住宅の計画をする。敷地の長さ方向に空間を展開することで、プランをスタディーする。南側、道路に面する部分の庭をとり、玄関・車庫は北側、奥に配置する。玄関を入ると正面に石の階段があり、そこを上ると、正面に大きなガラス面で外部空間にとつながる二階のリビングが開けるという構成。南側の庭の壁の曲面は、どこか船のイメージに繋がるもので、ノアの箱舟という言葉が浮かぶ。福島で非難しなければいけない人々を乗せるノアの箱舟を、いつ政府・東電は用意するつもりだろう。
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by kimiyasu-k | 2011-08-24 02:04 | 建築・architettura | Comments(2)
2011 08 05 PALERMO
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南イタリアはシシリー島、パレルモの街で見かけた普通の建物。
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by kimiyasu-k | 2011-08-06 02:09 | 建築・architettura | Comments(0)
2011 07 13 COMO カサデルファッショ
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カサデルファッショは1932年、ジュゼッペテラーニによって設計され1936年建設された、ファシスト党の施設だ。今日、カサデルファッショはイタリアの近代建築の金字塔として世界中の建築家が絶え間なく訪れる。テラーニはロシア戦線で精神を冒され帰還するも1943年7月19日に若くして39歳で脳血栓で亡くなる。ファシスト党の建築家として、戦後しばらくはテラーニの建築は歴史の周縁に置かれるが、1970年ごろから純粋に建築造形作法のアプローチから近代建築の舞台に主役の一人として帰ってくる。現在、カサデルファッショは財務警察所として使われている。現代美術館への転用がもう30年以上言われているがまだ実現していない。
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by kimiyasu-k | 2011-07-13 19:44 | 建築・architettura | Comments(0)
2011 06 24 COMO  コモ イタリア合理主義建築
コモはファシズムの時代、合理主義建築の本拠地だった。GIANNI と ENRICO MANTERO、二人のマンテーロの展覧会がコモの旧サンフランシスコ教会で開かれている。
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by kimiyasu-k | 2011-06-25 02:10 | 建築・architettura | Comments(0)
2010 12 29 COMO
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朝、車で事務所のあるコモの街にはいるには、湖沿いの国道を降りて行く。この季節は、霞の中にコモのドゥオモ、司教座教会堂のクーポラが浮かびあがり目に飛び込む。このクーポラは1700年代、トリノで活躍したバロックの建築家、ユバラの手になるもので、文字通り街のシンボルとなっている。
自分の生まれ育った静岡の市庁舎には、何故かこのコモのドゥオモのクーポラに酷似したクーポラがあり街のシンボルとなっている。社会見学と、小学校のときにこのクーポラに登って街を見下ろしたのを今でも覚えている。
E.スミスは「建築のシンボリズム」の中で、クーポラという建築形態が、世界を表現するシンボルとして帝政ローマ、中世において展開していくことを丹念に追っている。 
1962年、吉永小百合主演の「キューポラのある街」という映画がでた。キューポラはイタリア語でクーポラ、だが、この映画は、川口市を舞台として鋳物工場の溶解炉キューポラが屋根から突き出し、街の景観を特徴づけていた、そこから生まれたタイトルだ。
当たり前のことだけど、建築には「形」があり、その形が例え構造的な合理性から生まれたもので、ある特殊な機能のために生まれたものであっても、一度「形」としてたち現れると、形そのものとして、人の心に刻み込まれ、それが時間とともに、個人の体験がコレクティブな意味を獲得していき、人々の間に共有される。都市の豊かさは、単に物理的なサービスの豊かさだけではいずだ。共有するべき都市の姿が、残念ながら日本の地方都市ではほとんど無くなってしまった。
毎朝、クーポラが突き出すコモの街のスカイラインを眺めて、街に入るのはほとんど「贅沢」と言ってもいいくらいだ。
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by kimiyasu-k | 2010-12-29 22:16 | 建築・architettura | Comments(0)
2010 12 06 旗竿地 敷延
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旗竿地という。経済的に一番効率をよく土地を分割しようと思うと、奥に位置する土地は、旗竿のように、巾2メートルくらいの路地ができその奥に建物が建てられる敷地が生まれる。その結果、建物を法規上許される最大面積に建てようと思うと、敷地境界からぎりぎりのところまで家が建てこむことになる。隣家との距離は、50cmで家の四方が囲まれる。もちろん、外の景色どころかまともな採光も望めない。おまけに一種住居専用の土地なら北側斜線制限によって建物は無残に切り取られ、体もほろろの姿をさらけ出すことになる。一体どこで誰が決めたのか、建設費の基準が極端に安く、粗大ゴミ袋のようなビニールクロスに、ペラペラのアルミサッシュをはじめ、惨めなプラスチックの雨どいと目も覆いたくなるような安物の「新建材」が使われる。建築基準法ができたのは、昭和25年、戦争の傷からようやく立ち直った、バラックが建ちこんでいた時代のものだ。それから60年経った今でもまだ建築に対する基本的な考え方は変わっていない。それどころか、どう考えても大手企業の利益にしか結びつかない様々な細則が付加されていく。いつまでも社会の中に工業製品を氾濫させることによる「発展」の幻想から目を覚まして今を気持ちよく過ごせる街をつくることに、取り組む時期がきている。
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by kimiyasu-k | 2010-12-06 02:43 | 建築・architettura | Comments(2)
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1938年、チェーザレ・カッタネオの計画した賃貸住宅。日本ではテラーニ以外のイタイア合理主義建築についてはあまり語られることが無いが、カッタネオもルイジ・リンジェッリとならぶ重要な建築家の一人だ。
コモの町から北に3kmほど行ったチェルノッビアという湖畔の街にあるイタリア合理主義建築の代表作のひとつだ。スチールサッシ、引き違いの雨戸、大きなガラス面、フレーム、などモダンの建築言語の辞書のような建物だ。現在、ガラス張りの一階にはコモ湖畔の高級物件を専門に扱う不動産屋が入っているが、飾られている古ぼけたイタリア合理主義建築の模型が印象的だ。
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by kimiyasu-k | 2010-09-06 21:47 | 建築・architettura | Comments(3)