コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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4月27日 金曜日 うす曇り
3人の死刑を執行 法務省 2007年04月27日13時00分
 法務省は27日、3人の死刑を執行したと発表した。長勢法相の就任以降では、06年12月25日の4人に続き2度目。国会開会中の執行は異例で、00年11月の臨時国会以来となった。1人の法相の在任中に計7人の死刑を執行したのは、96年11月~97年9月に在任した松浦功元法相(故人)以来のことだ。06年12月25日の死刑執行では、杉浦前法相が在任中に死刑執行命令書への署名を拒否したまま任期を終えたため、執行は南野法相時代の05年9月以来1年3カ月ぶりだったが、今回はそれに続く2度目。 asahi.com

ヨーロッパ議会では、世界から死刑の廃止に関する法案が可決された。
法務大臣という一個人のかなり恣意的な判断による署名によって、人が生かされたり殺されたり(死刑執行という言葉でもいいのだが)することにある種の恐怖感を覚える。
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by kimiyasu-k | 2007-04-27 16:04 | Comments(0)
4月10日 火曜日 晴れ
イースターの休みが終わった。昨日は家での親戚、家族とのパーティに食べ疲れた人々がコモの街に出てきていっぱいだった。
インターネットの読売新聞で、西山被告の死刑確定の記事をみつける。英語版で同じ記事がどのように扱われているのか探してみる。該当する記事は見つからなかった。
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by kimiyasu-k | 2007-04-10 15:54 | Comments(0)
4月6日 金曜日 晴れ
世界で利用者が急増しているインターネットのブログについて、使われている言語別で見た場合、日本語のブログが英語を上回って世界で最も多いという調査結果がまとまり、日本がブログ大国となっていることがわかりました。 NHK

NHKのインターネットニュースでとても、納得のできる統計を見つけた。人と人が顔を合わせて、本音の会話がむずかしい日本では、ブログがとても有効な手段だ。それに比べて、人前で何でも本音を言ってしまうイタリア人には、ブログは向いていない。と書いている自分も、やっぱり日本人ということだ。
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by kimiyasu-k | 2007-04-06 16:30 | Comments(0)
4月4日 水曜日 雨のち曇り
事務所員のキアラに瓦棒噴きの屋根の図面を書いてもらうためにアルドロッシのモデナの公共墓地の写真をみせようと、彼の作品集を出してくる。キアラは本の中に、新聞の切抜きが挟まれているのを見つける。それは今から十年前1997年9月4日の、アルドロッシの死を知らせる記事だった。そこに十年前に切抜きを挟んでいたことを全く忘れてしまっていたのでおどろいた。キアラはミラノ工科大学の建築学科を昨年卒業した。ミラノ工科大学の建築計画教育は言って見ればアルドロッシの建築理論が頑なに教えられている。彼女たち若い学生には、それがたまらなく重い。高校を卒業するといきなりわけの分からないロッシの著書「都市の建築」を読まされる。ロッシがあまりに決定的なだけに彼女たち建築を志す若い者にとっては、ほとんど恨むべき(とはいえそれは弟子が師匠に反抗するような感覚だが)存在となっている。
10年前のあの日、一体自分がロッシの死をどのように受け止めたか、それがほとんど歴史の一ページが閉じられたような日だったかを彼女たちに話す。もし、25年前自分が日本でロッシのプロジェクトを見なかったら、今こうして一緒に仕事をすることもなかっただろうと。
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by kimiyasu-k | 2007-04-04 21:28 | Comments(0)
4月2日 月曜日 晴れ
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徳島県鳴門市の大塚国際美術館のメーンホールで、ミケランジェロが描き上げたバチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画を陶板で完全に再現する工事が終わり、一般公開が始まった。
開館10周年の記念事業として、約7億円を投じ昨年秋から着手。 読売新聞

開いた口がふさがらない。言葉がない。美術館の客寄せ「見せ物化」がここまで進んでいるとは思わなかった。七億円の費用で若い芸術家を育てたら一体どれだけすばらしい美術館になっただろう。このような馬鹿げた企画を止める文化的な人材も土壌もないところに美術館を作っても仕方が無い。報道もそれがすばらしいことのように成されていることも驚きだ。
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by kimiyasu-k | 2007-04-03 03:21 | Comments(0)
4月1日 日曜日 曇り 小雨
友人の画家、マルコペトルスの展覧会がコモで開かれる。その開幕パーティーに行った。展覧会の会場は先にブログで触れた隈研吾の展覧会が開かれていたサンフランチェスコ教会だ。マルコとはもう10年来の知り合いで、彼の画風の変化をずっと見てきた。ここ数年、ほとんどポスターとしか思えないような、ある意味で貧しい絵を書いていてそれが納得できなかったのだが、この展覧会を見て、彼の絵が独自の表現を獲得したことが分かった。建築を、それもひたすら、幾何学的な都市の建築を描き続けている。それはほとんど、強迫観念とも思える。ミラノの建築を描くことで始まったマルコの絵の表現は、今回の展覧会で初めて見たモスクワのロシア構成主義の30年代の建築表現と見事に一致していた。それはおそらく偶然ではなく、彼の絵の表現のルーツのひとつがそこにあるからだろう。

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by kimiyasu-k | 2007-04-03 02:58 | Comments(0)