コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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2008年9月25日 晴れ
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ポレンタと並んでこの地方の料理にピッツォッケリpizzoccheriというのがある。これもやはり、何となく冬が近づいて来ると食べたくなるような料理だ。ピッツォッケリというのは、そば粉を使って作ったパスタで、形は日本のきしめんのように平たい。コモ湖の北からアルプスの懐に延びていく大きな谷はバルテッリーナと呼ばれる谷で、急な斜面に痩せた土地のために昔から蕎麦の栽培がされていた。ちなみに蕎麦粉はイタリアではサラセン粉farina saracenaと呼ばれている。蕎麦粉のパスタ、ジャガイモ、キャベツ、チーズ、そして写真はサルビアをパリパリに揚げたものを最後にのせている。おいしい!ものではないが、これもこの季節には何故かやはり食べたくなる。
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by kimiyasu-k | 2008-09-26 17:21 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月23日 晴れ
外国に暮らしていれば一日一回くらい日本ではしないような体験をするはず、と考えてみる。、、今日は、夕方そう言えば事務所のある建物の管理組合の集まりに参加してきた。日本ではあまり聞かないが、イタリアではマンション、共同住宅がごく普通で一戸建ての家に住んでいる家族は少ないために、管理組合、イタリア語では、CONDOMINIOコンドミーニオというのがある。その集まりが年に2回ほどある。廊下、階段の清掃から建物の修理、近隣とのトラブル解決などコンドミニオで処理される。これが、全く民主主義の原型かと思えるような集まりで、面白い。いろんな人が住んでいる。例えば今回は「水」をめぐって議論がなされた。早い話が、水道代は各戸にメーターがなく、各家に住む人間の頭数で割って負担しているのだが、どうも間借で入っているフィリピン人の家族は、知り合いなどが頻繁に出入りして小さな家に10人も暮らしているんじゃないか、その分、水を大量に消費するのではないかというわけだ。コンドミニオの中には実に様々な、極端なはなしいつも酒の臭いをさせている人もいれば、一人暮らしの老人も、まじめなサラリーマンもいる。そんな人びとが勝手気ままにわめき散らすのだから、話はなかなかまとまらない。そこで日本では余り知られていないが、annministratore「コンドミニオ管理人」と呼ばれる専門家がいて、話をまとめていく。
今回の水問題は、各住戸にメーターを設置するということで、どうやら一段落ついた。
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by kimiyasu-k | 2008-09-24 16:54 | 生活・vita | Comments(0)
2008年9月22日 
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日曜日にあまり予定もないと、よく車でコモ湖をドライブする。コモ湖は湖畔には昔の貴族の別荘も数多くある、北ヨーロッパ人がよく訪れる観光地だが、山に囲まれ、無数の小さな集落が散在する。昔はこのあたりの山では放牧が行われていた。今でも、数少ないものの牧畜農家がある。ベラッジョに向かう国道から少し入ったところに、小さな村があり、景色の良い見晴らし台があるのをしっていたので、立ち寄ることにする。formaggioという手書きの小さな看板が出ている。フォルマッジョというのはイタリア語でチーズのことだ。イタリアとチーズはあまり結びつかないのだがイタリアは、フランスやオランダと同じように、それ以上に牧畜が盛んで、チーズは食卓に欠かせないもののひとつだ。手作りチーズが期待できるかも、と覗いてみることにする。お店というか一坪ほどのスペースには、小さなガラスのケースがありチーズが数個置いてある。店の主人は、30代の若者だ。
どこから来たんだという質問に日本、というと、私は宮崎の大ファンだといってDVDを引っ張り出してくる。イタリア人は日本人に対してとても好感を持っている。奥にいる母親に向かって、母さん、日本からわざわざ家のチーズを買いに来たんだって、とお母さんを引っ張りだしてくる。そこで、チーズの味見と長い雑談が始まる。チーズは家に帰ってから食べたが、かなりおいしい。やはりスーパーで売っている工場生産品とは一線を画している。
写真は、半分以上食べてしまったが買ったチーズたち。一番右は発酵が一番長いもので、強烈な味がする。不思議とスルメと同じ美味しさがある。上はパプリカをまぶしたチーズ、左はもっとも発酵時間の短いチーズでどちらかと言えば軽い。手前がもっとも中間的な普通のチーズといった感じか。
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by kimiyasu-k | 2008-09-24 01:14 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月21日 日曜日 晴れ
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ことしも、ポレンタの季節がやってきた。昨日、事務所のマルチェッラが休みなのに事務所に顔を出した。コモの街に母親と買い物にきて、事務所に荷物を預けにきたのだ。コモの街はすべて歩行者天国になっているために、かさ張る買い物をすると持って歩かねばならず不便だ。雑談をしていると何故かポレンタの話になった。マルチェッラの家では、ポレンタの粉は毎年、事務所から3分のビスケット屋さんにシーズン始めだけ売りに出す石臼で引いた粉を使うそうだ。買い込んだポレンタの粉を一キロ置いていってくれた。日本人には見掛けほど味のしないポレンタはあまり美味しくない、というところなのだが、このお手製の粉に期待をして今年初めてのポレンタを作ってみる。ポレンタは、パイウオラというこの銅製の分厚い鍋で作る。もともと、暖炉に掛けて使っていた鍋なので、吊るすための手掛けも付いている。が、そこまでやるのは面倒だ。今回はガスコンロにかけて料理する。二人分なので250gの粉を沸騰した水にそそぎ、時々、木のへらでかき混ぜながら小一時間練る。湯気のあがる暖かいポレンタを皿の上にドカッともり食べる。旨い。ほのかにとうもろこしの味がして、香ばしい。あっと言う間に125gのポレンタをたいらげてしまった。ポレンタは料理の中では日本食のお米に相当するもので主食といった感じだ。普通はブラザートという煮肉やサルシッチャというイタリアソーセージ、ポルチーニというイタリア松茸といっしょに食べるのだが、今日は手抜きで農家から買ってきたチーズといっしょに食べた。鍋にはポレンタが焦げ付く。これがまたおいしい。パリパリに焦げ付いたポレンタは、水をさっとかけてしばらく置いていくと面白いほど簡単に鍋から剥がれる。メキシコ料理のタコスのようだ。
南イタリア人がポレンタ食い、ポレントーネと言って北イタリア人を見下げて呼ぶ。南イタリアの豊かな食材にたいして北イタリアは食に関しては貧しく(とは言えあくまでイタリア料理の豊かさの中での話しだが)、あんな味も素っ気もないポレンタを美味しがって食べるやつという意味で、北イタリア人のことを言う。20年してようやく自分もポレントーネになることができた。須賀敦子さんの本にこのポレンタのことが書いてあったのを思い出す。須賀さんは40年前にミラノの官舎のようなアパートで食べたのだが。
http://it.youtube.com/watch?v=VVVnbzOHwtQ
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by kimiyasu-k | 2008-09-22 17:48 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月20日土曜日 晴れ
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外国に暮らしていると、時々日本の食べ物を思いだす。最近では、どこのスーパーにもお醤油が売っているほど日本の食品もイタリアでも比較的簡単に手に入るようになった。が、イタリア人には絶対食べれない、納豆やおもちは見かけたことが無い。そういえばもう10年以上食べてないおもちが食べたくなった。まずは、中国語でもち米が何と言うか調べる。糯米と書いてある。それを紙に書き写して、中華食材屋に行く。中国人はたくましく、どこの街にも必ず中国人の経営するアジア・アフリカ食材屋がある。そこでメモを見せてもち米を手に入れる。それを蒸してつく。もちつきに何かいい道具はないかと家を見回すとあった。数百年前の骨董のモルタイオという大理石のすり鉢がある。これを使ってもちをつく。こんなにもちつきは簡単なのかと思うほど、5分もこれも自分で作ったオリーブの木のすりこ木でもちをつく。つきたてのもちにしょうゆをつけてのりでまいて食らう。思いもがけずおいしい。日本のスーパーで売っているビニール袋に真空パックされたもちにくらべてはるかに旨い。
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by kimiyasu-k | 2008-09-22 17:42 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月19日金曜日 くもり
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テーブルのデザインをしている。日本の障子がもっている細い木の格子を、西洋的なラショナルな形態にと翻訳するのがテーマになった。子供の頃は、和風の町屋風の家に住んでいた。そこには土間があり、うる覚えながら釜があり、木の風呂桶の浴室は薄暗く離れていた。破れた障子は、ところどころ花形のあてがされ、柱には日付とともに背の高さが記されていた。食事になると水屋の後からちゃぶ台を、丸い折りたたみの足のついたちゃぶ台を引っ張り出し、食卓となった。そこは4畳半の部屋だった。体に染付いた空間・体験の記憶は決して消えることがない。デザインすることは一見新しい形を、線を創造することのように思えるが、体に染付いたほとんど無意識と言っていい感覚に何らかの形を与え、その形を通して、他の人に「感覚」を伝えることができるか、どうか。
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by kimiyasu-k | 2008-09-19 15:49 | 建築・architettura | Comments(0)
2008 9月17日 くもり

d0104210_022041.jpgセバスティアーノ・バッサーリ,現代イタリア作家の書いた「cuore di pietra 石の心」という本を読んでいる。とりたてて有名な小説という訳ではないが、第一章が「建築家」という小タイトルで始まるので手にしてみた。バッサーリの小説はいくつか読んだ。その中でも「キメラ」というイタリアに来たころすぐ手にした本で、ルネサンス時代の「魔女狩り」をテーマにした小説は、思わずそのストーリーに飲み込まれてしまったのを覚えている。この「石の心」という小説もやはり時代もので、ストーリーは1900年代を背景にする。というより1900年代という時代そのものが主人公だ。一軒の家をストーリーの定点として、そこに住み、出入りし、何らかの係りをもった人々を各章ごと主人公として1900年代という時代そのものが語られて行く。このように書くと何となく焦点のぼけた詰まらない小説に思えるかもしれないが、また自分もそう思ったのだが、それが面白い。考えてみると1900年代というのは大きく社会が、人々の生活が変わった時代だ。その変化が小さなエピソードで語り繋がれていく。こんなにも当たり前の、というかごく普通の手法で、そのテーマも1900年代という近過去でありながら、こんなにも魅力的に新鮮に描いてみせるバッサーリの力量には感服するばかりだ。
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by kimiyasu-k | 2008-09-18 15:37 | Comments(0)
2008年9月15日月曜日 晴れ
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先日のスイスのジュネーブでスタートした加速器でブラックホールが出来て世界を飲み込んでしまうのでは、という話しがあったが、そんなうわさをからかった新聞がメールで送られてきた。レプッブリカというのは、イタリアの最大手の新聞だが、その紙面を装って誰かが悪戯したものだ。後24時間で世界はブラックホールに飲まれてしまう、記事で今イタリアを動かしている人物たちを登場、コメントさせているのは面白い。そこには、やはりカトリックの長である教皇がいて首相のベルルスコーニが居る。
右の方をみると、日本からのニュースものっている。イタリア人からみた日本人、一体あと24時間で世界が終わるとしたら日本人は何をするか。

GIAPPONE/SESSO FOLLE
Restano poche ore:vogliamo provare tutto
日本/セックス狂い
あと数時間しかない:全部試したい

まあ、これは下ネタの好きなイタリア人が書いているとはいえ、トヨタやソニーがどんなに頑張っても、イタリア人にとっては日本は芸者や浮世絵など、性に結びついたイメージが根深いということだろう。


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by kimiyasu-k | 2008-09-17 20:11 | Comments(0)
2008年9月10日 水曜日 晴れ
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朝、キアラが事務所が入ってくるなり、「所長、あと、4日で私たちはみんなブラックホールに飲み込まれてしまうのね。」という。ちょっとそんな話は聞いていたけど、普通の人々の間では、もっぱら訳の分からない、「核実験」のために、ジュネーブの欧州原子核研究所で今日、試運転の行われた世界最大のサイクロトロンについて、こんな話しで盛り上がっている。誰も100%そんなことを信じている訳じゃないけど、やっぱり心の片隅にそんな不安を抱えているのは事実だ。新聞もこうして、見出しに「ジュネーブ、ビッグバンの日、でも世界の終わりじゃない」と書いている。
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by kimiyasu-k | 2008-09-11 01:40 | Comments(0)
2008年9月5日 金曜日 曇り
d0104210_2336172.jpgミラノの北、アルプスがロンバルディア平原に降りるところには、コモ湖をはじめ、マジョーレ湖、イセオ湖などの大きな湖水がいくつかある。
ミラノから車で一時間ほどのマジョーレ湖にサンタカテリーナという、1300年代にまで遡る美しい教会堂がある。サンタカテリーナは、マジョーレ湖の崖にまさに張り付くように建設された。
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by kimiyasu-k | 2008-09-06 23:26 | Comments(0)