コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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209 11 24
イタリア、マリア信仰は盛んだ。村の道を歩いていると時々こうしたマリア像やマリアを祭った小さな祠に出会うことがある。このマリア様、村人がどこかに見捨てられていたものを拾ってきてこうして壁に祭ったということだ。一体誰が作ったのか時代も分からない。それにしても、細面のきれいなマリアのイメージからは随分遠いが決して稚拙ではない豊饒なマリア様だ。きっと作られた時代の、作った者の美意識が反映されているのだろう。
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by kimiyasu-k | 2009-11-25 01:58 | 生活・vita | Comments(0)
2009 11 22
おじいさんが建て、夏の間一頭の牛と小さな畑で暮らしていたという、友人の家を山の中に見に行く。10軒ほどの小さな家が集落をつくっている、作っていた、が今となっては、めったに来る人も無く、屋根が落ち、石の壁が崩れ落ち、道は草で覆われている。何とか四輪駆動で入ることのできる道から500mほど細い山道を谷に向かっておりていくと、この10軒ほどの小さな捨てられた村がある。友人は、そのうちの一軒をプレゼントしてくれるというのだが、遠慮するしかない。
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by kimiyasu-k | 2009-11-24 03:07 | Comments(0)
2009 11 22
少し前、パレルモの市場で撮った写真。二匹ほど、結膜炎。
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by kimiyasu-k | 2009-11-24 02:54 | 食・mangiare | Comments(0)
2009 11 20
日本ではあまり報道されないが、イタリア国内では余りにもイタリア的な事件が起きている。一月ほど前、ローマのあるラツィオ州の州知事マラッツォが辞任した。トランス、性転換売春婦(夫)のところで携帯で撮られたビデオに彼の姿が写っていて、それがマスコミによって流されたからだ。マラッツォの政治家としてのクリーンなイメージと、その事実の落差に人々は驚いた、とは言え、まあ首相のベルルスコーニが自宅に"エスコート"を招いてパーティーをしていたなんてニュースでもう大分、政治家のこの手のスキャンダルには慣れっ子にはなっているが。そこまでは、驚くというほどの事でもないのだが、昨日、そのマラッツォの相手であったトランス、性転換者が彼女(彼)のアパートで焼死体で発見された。まだ、警察はそれが殺人であるとは公表していないが、時間の問題だろう。誰もが考えるのは、このトランスの口を封じる必要があった人間がいて、それが何らかの権力をもっていて、それが何らかの闇の権力・いわゆるマフィアに繋がっていた、ということだろう。
イタリア的といえば、下に添付したビデオ(くれぐれも殺人の映像なので)事件も、イタリア的だ。ナポリの商店街で起きた、マフィアがらみの殺人事件。喫茶店、バルの前に立つ男を冷静沈着にピストルで撃ち殺す。周りにいる人々は何事も無かったかのように、している。荷物を店に納める男、買い物途中の主婦、子供を抱えた若い父親、歩道に横たわる男を一瞥するだけで何事も無かったかのようだ。ビデオには写っていないが、この後も誰も騒ぐ事もなく、遺体の上を通行人がまたいで歩いて行く場面を見た。ナポリで生活していくためには誰もが「何も見えず・聞こえず」という原則を貫かなければならない。観光で訪れる明るい、親切で楽しいイタリアにはこのような現実があるのも事実だ。
ちなみにビデオでコメントをしているのはロベルトサビアーノという若い作家で、つい数ヶ月前にゴモッラという映画で知っている人もいるかもしれない。ナポリのマフィアは、正確にはカモッラと言う。マフィアはシチリア、カモッラはナポリ。サビアーノはこのナポリの暴力を告発し続ける勇気ある作家のひとりで、カモッラからは殺しの脅迫、宣告を受けている。
事務所で働くイタリア人の女性は、「ああ、何てイタリアは嫌な国なの!」と言っていた。
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by kimiyasu-k | 2009-11-21 14:21 | 生活・vita | Comments(0)
2009 11 19
古い写真から探しものをしていると、2年前に訪れたポルトガルの写真が出てきた。しばらく見ないとこんな写真をいつとったのか全く覚えていない。それにしても、アルバロシザの建築は綺麗だ。彼のもっとも若い頃の建築で、海辺にあるレストランだ。BoaNovaTea Pavillion。すでに建設後40年以上経っているにも関わらず、オリジナルの内装のまま大事に使われている。もちろん現在もレストランとして、ティールームとして。現代建築は5年もすると何ともみすぼらしい姿に変身する。5年と言わず、3年すれば出来た当時の新鮮さは薄れて、むしろ流行遅れになり、おまけに様々な新建材は、時間とともに恐ろしいスピードで醜いものとなっていく。ましてや充分な維持費を当てることができない、そのような文化の無いところでの建物は見るも無残だ。初老の落ち着いた白いユニフォームを着た給仕がサービスしてくれるこのレストランは、本当に愛され、愛され続けてきた数少ない現代建築のひとつだろう。長い間使い続けてきたくたびれた革の椅子、磨り減ったフローリングの床、中に入れば、そんな濃縮された愛着で満たされていることを嫌でも感じさせられる。
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by KIMIYASU-K | 2009-11-20 01:58 | 建築・architettura | Comments(0)
2009 11 19
世の中のには馬鹿旨のものがいくつかあるが、これもそのひとつ。コーヒーに上からスプレー式の生クリームを噴射する。あとからでは混ぜることができないので、その前に、コーヒーに砂糖をいれておくが。純粋に生クリームの部分、少しコーヒーと混ざった部分、下から出てくるほろ苦くて強烈なエスプレッソコーヒーの味、最後に溶けずにカップの底に残った砂糖の味。この生クリームからコーヒー、砂糖への多重構造の味の移行が何とも言えない。ちなみに、イタリアの喫茶店バルに行っても、このコーヒーは出してくれない。普通、バルのコーヒーは量が少なくて温度が低くて生クリームに負けてしまう。家でコーヒーカップを熱々にしておいてコーヒーを入れないといけない。エスプレッソはかなり濃いコーヒーだけど、更に濃いコーヒーを、少し本格的なエスプレッソマシンが無いと無理かな。類似品に、夏のアッフォガートというのがる。これはバニラのアイスクリームに、エスプレッソコーヒーをぶっ掛けたもの。これは何処のレストランでも、メニューに無くてもアッフォガートと言えば出してくれる。ちなみにアッフォガートとは、溺れたという意味で、アイスクリームがコーヒーに溺れているという意味、らしい。
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by kimiyasu-k | 2009-11-19 21:43 | 食・mangiare | Comments(0)
2009 11 17
イタリアでは13日でなく、何故か17日が不吉な日とされている。が、幸運にも今朝、家から車に向かう道で蛙をみつけた。イタリアにも蛙はいる。日本の蛙とは少し様子が違うがガマ蛙。マクロで写真をとるとイタ蛙、何となく凛々しい顔つきをしている。ちなみに学術的にガマ蛙とは日本ヒキガエルのこと、写真の蛙は、イタリア語ではロスポrospoといい、学名はbufo bufo, 日本語ではヨーロッパヒキガエルというようだ。
In italia il giorno 17 novembre viene definito come il giorno del gatto nero. ovvero il giorno della sfiga, ma fortunatamente ho incontrato un rospo che con un bacio diventa un principe.
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by kimiyasu-k | 2009-11-17 20:18 | 自然・natura | Comments(0)
2009 11 09
結婚と言えば、イタリアでは日本人にとっては何とも奇妙と思えることがある。今事務所で働いている若き女性建築家は、結婚を間近に控えている、と思われる。一月ほど前からcorso di fidanzatiというものを始めた。これは直訳すれば「許婚講座」とでもなるのか。イタリアの教会で結婚するには、この「許婚講座」というのを受けなければならない。その終了証がなければ教会で結婚することはできない。夕方、二時間くらいづつ8回に渡ってこの許婚講座に出席する。この講座は教会が主催するものだ。日本と異なり、カトリックの国イタリアでは、結婚式は教会か市役所のどちらかですることになる。初めて「許婚講座」の存在を聞いたときには、「何それ、いい歳して、性教育でもあるまいし。結婚するために何か教えてもらわないといけないことなんてあるの」という感じだった。それで、この事務所員に一体、どんなことを教えてくれるんだと聞いてみた。もちろん教会が主催するものであり、ベースには「神の愛」を信じて夫婦関係を築かなければならない、ということだが、どうももっと現実的な側面ももっているようだ。講師は神父だけでなく、例えば心理学者が来て、夫婦間の心理学についても語るし、「経験者」が、自分の体験から夫婦生活がどういうものかを語ったりするようだ。また、法的に夫婦になるとどのような、権利、義務関係が生まれるのか、、、。何となく、なるほど、馬鹿げた話しではないな、と納得したりした。この講座を受けた故、結婚するのを止めるカップルが20%いるなんて話を聞いた。もしそれが本当なら、この講座大分役に立っているということだろう。いずれにせよ、前近代の家長制度が支配していた時代に、全く見ず知らずの二人が結婚なんていう状況で生まれたことなのだろうか。
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by kimiyasu-k | 2009-11-11 21:56 | 生活・vita | Comments(0)
2009 11 06
窓ガラスを誰かが叩く。上に住む、と言っても週末に時々顔を出すルイザ(ルイザは女性、ちなみにイタリア人の名前は母音Aで終われば女、Oで終われば男)が何か用事らしい。結婚するという。え、上に住むファビオ(Oで終わるので男性)とルイザは結婚してなかったのか。と驚く。とはいえファビオは60を過ぎ、ルイザは50少し前か。10年前、ファイビオは離婚した。離婚というよりも「女房に逃げられた」と言ったほうが良いか。転勤でトリノに単身赴任している間に奥さんがボランティア活動で身障者の面倒を見ている内に、そこで知り合った男の元に走ってしまって、一人になったのだが。そういえば、その「元奥さん」も時々この家に顔を出し、今は独りだとか噂には聞いているが。そのファビオと今のパートナーのルイザが結婚するというわけだ。でそれは、噂話でどうでも良いのだが、イタリアでは結婚を知人友人に通知するのに、ボンボニエレbomboniereと呼ばれる、この挨拶状というか、シンボルというかこの飛び切り可愛らしいものを配る。これは、コンフェッティという、アーモンドを砂糖で包んだ御菓子の大げさな飾りだ。この可愛らしいモノに形式など無い。ルイザは今は、リボルノという港町に住んでいることもあり、海のオブジェ、貝やら人手をあしらったボンボニエレを作ったというわけだ。それにしても、新婚とはいえ、もう初老のカップル、ちょっと可愛すぎる、このブログに載せるにも少し気が引ける。いくつになっても、新婚は新婚。ルイザの気持ちを表現しているのだろう。piccolo felice小さな幸せと書いてあると思っていたが、今良く見ると、piccole follie と書いてある。直訳すれば「小さな狂気」。納得。
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by kimiyasu-k | 2009-11-08 22:34 | 生活・vita | Comments(0)
2009 11 04
朝、露に濡れた車のガラスに奇妙な絵が書かれている。誰かが悪戯をしたかと思う、が線の先を追っていくと、体の透き通った小さな小さな芋虫が一生懸命ほふく前進をしている。
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by kimiyasu-k | 2009-11-07 18:44 | 自然・natura | Comments(0)