コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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2010 0330
今週の日曜日はイースター、イタリア語ではパスクワ。パスクワのシンボルは卵で、その卵を産むチョコレートの鶏がお菓子の本場、パリ近郊のフォンテンブルーから来る。イタリア人はこの手のものが本当に好きだ。
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by kimiyasu-k | 2010-03-30 22:38 | Comments(0)
2010 03 30
イタリア語で、魚のことをペッシェ、PESCEといい、漁のことをペスカPESCAという。コモ湖畔には、昔漁師が数多くいたのか、そのPESCAにちなんだ地名がいくつか残っている。ペスカッロ、ペスカウなど昔漁師村だったことを思わせる名前だ。 そんな村のひとつ、レッコ市のペスカレニコLecco Pescarenico という集落には、まだ「魚市場広場」などという地名が残っていた。それにしても、こんなに大きな銛で突く程大きな魚が居たとも思えない。一体何を突く道具なのだろうか。
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by kimiyasu-k | 2010-03-30 14:21 | Comments(0)
2008 03 28
PIANO D'ERNA, エルナ平に行く。コモから東に30キロ、コモ湖のもうひとつの首都、レッコ市のすぐ裏にある。ここから見る、レゼゴーネ山はなかなかの迫力だ。まだ雪が残っていたせいもあり、全くアルプスの3,4000M級の山の姿をしている。実際には、2000Mに足らない。この山と、レッコの町を見下ろせるエルナ平には、ロープウェイでほんの5分程度で登れる。久し振りの天気に風も無く、草原に寝転んで今年初めての日光浴を楽しむ。
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by kimiyasu-k | 2010-03-29 06:16 | Comments(0)
2010 03 27
先の玄関に続いて、こちらはファサード、ルネサンス時代のナッタ邸。
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ここのところすっかりカメラにハマッテいる。これで二週間ほど、シグマのDP1を使った。デジカメに関して、写真に関してとんだ勘違いをしていたことに気づかされた。もともと、カメラ、写真というのは、現実にあるものを写す、絵画と違って、物理的に現実を二次元のイメージに忠実に置き換える道具、という固定観念があった。ある物を見て、自分の気に入ったところを切り取って、写真にする。その切り取る道具がカメラというのは、異論がないはずだ。が、このDP1を使って、RAWファイルという、生画像ファイルでカメラから取り出し、それをPCの上で現像処理するという工程を自分でやってみて、どれほど現像処理過程で、写真が恣意的に作られるかということを実感した。カメラから取り出すRAWファイルは、物理的な信号でしかないが、それをJPEGの現実ファイルに現像する際には、ただひたすら自分の持っている、心の中にあるその対象のイメージを頼りに、探っていくしかない。おそらく写真で一番面白い、ありきたりの言い方をすれば自分を表現するのは、この過程だ。
普通、デジカメで写真を撮る時は、何も意識せずに、それが自然のことであるかのように、この過程をカメラに委ねてしまっている。オートマチックにセットすれば、シャッタースピードも、絞りも、感度も何も操作せずに、シャッターを切ってくれて、カメラの中にセットされた現像エンジンと呼ばれる電子回路が、とてつもなく大量の画像データをこれまた、とてつもなく複雑なアルゴリズムに基づいた演算を行い、一枚の完成した、JPEGというファイル形式の写真を作り出してくれる、という仕組みになっている。
太陽の光が燦燦と輝く風景の写真は、まあどんなカメラでも、綺麗にとれるが、天気が曇っていたり、光の量が足りない夕方などは、その景色がどんなに魅力的であっても、写真に撮ってみると、いまひとつ冴えない写真しか写すことができなかった。写真というのは、光が十二分にあるところでしか、所詮無理なものだと思っていた。ところが、シグマの広告をしたいわけではないが、このDP1をRAWファイルで撮影してみて、全くどんな光でも、自分のイメージを、それにかなり近いものを再現できることを知った。霧、雲といった光の拡散した情景は、どこか間の抜けた写真にしかならなかったのが、自分で彩度、コントラスト、フィルライトなどを調整することで、その時見た、場をほとんど再現することができる。記録の道具としてよりも、絵筆に近い道具として写真がありえることを、このカメラを使ってみて初めて実感した。
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by kimiyasu-k | 2010-03-27 21:48 | Comments(0)
2010 03 24
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In ogni modo, oggi sento così. 今日は、なんとなくこんな気分だ。
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by kimiyasu-k | 2010-03-24 19:16 | Comments(0)
2010 03 23
事務所のむかえには、Palazzo Natta、ナッタ邸がある。ルネサンス時代の建築家ティバルディの作と言われている。数年前に修復され、現在はミラノ工科大学のコモ事務所として使われている。たった4本の柱と中庭の正面にあるドアだけでも、何故かこうしてルネッサンス、正確に1500年代の建物の雰囲気を伝えているから不思議だ。
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by kimiyasu-k | 2010-03-24 14:24 | Comments(0)
2010 03 23
コモのチェントロと呼ばれる城壁で囲まれていた旧市街は1km四方ほどで、どの道も数百年経っているが、その中でも最も古い町並みが見れるのはこのビターニ通り、Via Vitaniだ。sigmaDP1
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by kimiyasu-k | 2010-03-24 14:11 | Comments(0)
2010 03 21
コモで一番古い、著名人と言えばローマ時代のガイウス・プリニウス・セクンドゥス、だろう。プリニウスは政治家であるが、また科学者でもあり百科全書の「博物史」を記した。その中に、「四つの元素を司る精霊(四精霊)のうち、火を司るもの。手に乗る位の小さなトカゲのような姿をしており、燃える炎の中や溶岩の中に住んでいる」という古代神話のエピソードが、真実でないことを記している。そのsalamandra, イタリア語でサラマンドラ、日本語では「ファイアーサラマンダー・火の蜥蜴」と言う。この季節、雨が降りしっとりすると姿を見せる。運がよくて、一年に1,2度お目にかかれる。水が綺麗なところ、環境の綺麗なところにしか生息できないと言われている。家の裏でみた。
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by kimiyasu-k | 2010-03-22 02:44 | Comments(0)
2010 03 21
今朝のバルコニーからのコモ湖。霧雨が降っている。
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by kimiyasu-k | 2010-03-21 15:51 | Comments(0)
2010 03 20
大仏様の東大寺、南大門。自ら中国に建設技術を学び、杣(そま)に入ったと言われる重源は僧侶というより建築家と呼んだほうが良いかもしれない。宗教心がこんなものを作らせたのか、それとも建築魂が作らせたのか。会って聞いてみたい。
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by kimiyasu-k | 2010-03-20 19:28 | 建築・architettura | Comments(0)