コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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2011 08 20 TAINO タイーノ
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 SIGMS DP2 TEBURE
新婚さんの新居お披露目昼食招待に行くと、結婚祝いに贈った南部鉄瓶と夫婦茶碗、漆のお椀が飾ってあった。日本人にはイタリアとフランスの美意識の違いがあまり分からないように、数年前までイタリア人には日本と中国の美意識の違いはほとんど分からなかったのに、本当に日本の文化が浸透した。むしろ、こうしてイタリアの空間におかれると、侘び寂びの抜けた明るい数寄で、底抜けに澄んだイタリアの夏の空気にぴったりだ。
夏のバカンスには知人友人でよく集まり一緒に食事をする。夏休みメニューのお決まりプリモピアットは、イタリア国旗の緑白赤三色、モッツァレッラチーズと新鮮トマト、バジリコの冷たいパスタで、ここでもやはり出てきた。
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お腹が脹れれば、後は湖畔に散歩に。ここは急峻な山に囲まれたコモ湖とは少し様子の違うマジョーレ湖。周りの山が低いせいか、湖面は明るく輝きコモ湖より地中海に半歩近い。
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by kimiyasu-k | 2011-08-21 15:43 | 生活・vita | Comments(0)
2011 08 19 NESSO
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この頃になると庭のラベンダーの花が、ドライフラワーになり家に香りを放つ。
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by kimiyasu-k | 2011-08-21 15:26 | Comments(0)
2011 08 18
日本は35度を超える暑さと言う。今年のコモ湖はあまり暑くない、な。
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sigma DP2
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by kimiyasu-k | 2011-08-19 02:17 | Comments(0)
2011 08 17 NESSO BORGOVECCHIO
NESSO BORGOVECCHIOネッソ村で日光浴をするのによく行くのは、滝の落ちるオーリドともう一カ所はボルゴベッキオの船着き場だ。ボルゴは人の集まり住んでいるところという意味、ベッキオは古いで、ネッソ村の一番古い部分だ。急峻な山が湖畔まで迫るコモ湖東岸は、道もなく、かつては船が主な交通手段だった。だから当然、村も湖畔沿いに発達していた。今は、国道ができ、車でアクセスできる山の中腹に村は発達している。そのボルゴベッキオの船着き場の堰堤の上でゴロンと寝転がれば、気持ちの良い風が吹き抜けてくる。村の子供たちは、夏休み。堰堤から歓声を上げながら、何度も何度も、飛び込む。
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sigma DP2
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ricoh GX200
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by kimiyasu-k | 2011-08-18 03:00 | Comments(0)
2011 08 15 Bellagio ベラッジョ
悪魔の館
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普通の家
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SIGMA DP2
ベラッジョの少し手前に悪魔の家は建っている。一体どこからたどり着くのか分からない急峻な崖の下、湖畔にポツンと建っている。北向きの斜面で、夏のこの午後遅い時間にしか日はあたらない。底抜けに明るい夏の日差しの元では悪魔はどこかに行ってしまうが、陰鬱な冬の間、ここには悪魔がずっと住み着いている。
ベラッジョの村を歩いていると、普通の家に出会った。普通の家の前を通ると家の奥から普通の犬が飛び出してきて、「ワンワン」と普通に吠えた。
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by kimiyasu-k | 2011-08-16 18:28 | Comments(0)
2011 08 15 CANZO' カンゾ
8月15日は日本はお盆、イタリアはフェッロアゴストと言って、直訳すれば8月の祭日、ローマ時代からの祭日のようだ。コモ湖地域でまだ行ったことのないところはと地図を広げて、コルノ・ディ・カンゾ、「カンゾの角」という山頂が巨大な岩のふもと、サンミーロアルモンテまで行ってみた。森を少し歩くと巨大な切石が転がっている。森の中で出くわす巨大な幾何立体は、まるで自然の中に置かれた、誰も盗むことのできない彫刻だ。
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by kimiyasu-k | 2011-08-16 18:13 | 生活・vita | Comments(0)
2011 08 13 コモ COMO
街の景色
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sigma DP2
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by kimiyasu-k | 2011-08-13 23:48 | Comments(0)
2011 08 13 NESSO ネッソ
村の景色
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by kimiyasu-k | 2011-08-13 23:47 | Comments(0)
2011 08 13
アンドレアヴィターリは、コモ湖畔、ベッラーノの街に住む作家で、コモ湖のちょっと昔を舞台にした小説を数多く書いている。そのヴィターリの本の中に「猫を食べる」話がある。昔、コモ湖では猫を食べたと言うのだ。このネッソ村でも、いったい誰から聞いたのか覚えていないが、戦争の頃、食べ物がないときには猫を食べたという。猫の肉は臭いから、滝の水に一日さらした、兎の肉のような味がすると。冗談好きのイタリア人、一体どこまで本当でどこまで冗談か分からないが。もちろん今では、誰も猫を食べない。
湖畔の家から階段をほぼ上り詰めたところに、かなり年をめしたビヨルカーティさん夫妻が住んでいる。ビヨルカーティさんの家の前を通るといつも必ずこうして猫が数匹たむろしている。ちょっと怖い感じの歳の多い奥さんは猫に目がなくて、夕方には3,4匹はいる家の猫と近所のノラ猫を呼び集め餌を与える。
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by kimiyasu-k | 2011-08-13 23:46 | 生活・vita | Comments(0)
2011 08 11  トラーパニ・・・ コモ
イタリアに来た翌々年、1990年の夏、バカンスにシチリアを訪れた。と書き出して、当時のことを思い出した。購入した家の改築工事をしてもらったピエトロというムラトーレ(壁職人、左官屋、石工)、日本では大工にあたるのだが、そのピエトロがシシリー島の西の端、トラーパニという街の出身で、夏に帰るということで、一緒に行った。トラーパニまでの列車の切符をコモの駅に買いに行くと、窓口の駅員が、イタリアでコモから一番遠いトラーパニまで買うのか、言ったのを覚えている。日本なら稚内から鹿児島までの切符を買ったようなものなのだろう。トラパニーまで確か22時間ほどの夜行列車の旅は果てしなく、日が明けた頃、メッシーナ海峡を連絡船でシチリア島に列車ごと渡ったのが印象的だった。コンパートメントと呼ばれるヨーロッパの長距離列車に特徴的な個室には、バカンスでシシリー島に向かう人々が乗っていた。シシリー島に入ると人々は一人づつ降りて行った。エオリエ諸島に行くという若い子、焼き物の街、サントステファノでは白いワンピースに大きな帽子をかぶった独身の中年女性がおりていった。そしてトラパニーまで100キロほどのパレルモの駅に降りた。そこからトラパニーまで列車を乗り換えたのか、バスに乗り換えたのか今となっては記憶がない。
トラーパニに着くと一週間、ピエトロは思いがけないほどのもてなしをしてくれた。セリヌンテの古代遺跡、丘の上のエーリチェの街、実家での毎日のご馳走、イタリアにきてまだ「人との付き合い」を知らないことを良いことに、今思えばすっかり甘えてはじめてのシシリー島を満喫した。トゥーホと呼ばれる非常に柔らかい石で作られたシチリアの建物は、コモやミラノで見慣れた煉瓦や石でできた家とは全く違った姿で、どこか限りなく暖かいシチリア人のような建築たちだった。
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1990年 シシリー島 nikon kodacrome
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by kimiyasu-k | 2011-08-11 17:18 | 生活・vita | Comments(0)