コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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2011 11 26 いちじく
午後遅く家の周りを散歩にでかける。この季節になると野生のイチジクは葉を落とし枝の先っぽに実だけ取り残されている。葉っぱの落ちてしまったアダムとイブのようでどこか気恥ずかしい。
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余り上手とは思えないけど、近所の芸術家、奥さんが描いたのだろう。
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チベラ橋までいくと、寒いのに辛抱づよく釣り糸を垂れている。
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ここまでくると、いつも道の突き当たりにある二重のアーチが気になる。
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この季節咲いているのは、精々マルゲリータと
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自生のゼラニウム(Geranium robertianum)くらい。
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ひときわ目立つのは柿。何故かイタリア語でもカキは、カキcakiでこれでもかというほど、一杯なっている。
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お地蔵さんのようにどこにもマリアが奉られていて、マリア象を見ればクリスマスももう近づいた。
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振り返ると、夕日に我が家が霞んでいる。
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薄暗い林の中で白く目立った異様な植物は、銀扇草
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落ち葉を踏んでとぼとぼと石の道を引き返す。
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珊瑚のようなヘデラの実枝の赤はどこか艶かしい。
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こんなに寒いのに、まだ黄色い葉を付けた木が立っている。
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by kimiyasu-k | 2011-11-28 15:27 | Comments(0)
2011 11 25 ゴミの山
たまりに溜まった、もう何年も見たことの無いカタログやら本やら、いつの日か英語が喋れるようになるんじゃないかと夢見、勉強もしないまま埃まみれの英語講座のテキストやら、このあたりでみんな捨ててしまわないと事務所はゴミの山。ここ一週間ほど、狂ったように捨てるものを探し続けている。インターネットがこれだけ便利になれば書いた書類は無くても生きてける。ああ、気持ちが良い。
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by kimiyasu-k | 2011-11-26 02:47 | Comments(0)
2011 11 24 トルコ・イズ二ク陶器
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焼き物は世界中どこにいっても必ずあるので、旅行にいけば必ず料理と並んで探索するもののひとつだ。(美術館はあまりいかないけど)数年前、雪の降るトルコ、イスタンブールのバザールで日本語で客寄せする土産物屋でまんまと釣られて買った2枚のイズ二ク陶器。どうもアドルフロースの「装飾は罪悪」という近代建築の洗礼を受けてしまった自分には、植物紋の色とりどり皿は「あまり、、」と思っていたけど、こうして時間が経ってから見ると、花畑を再現したような見事な絵付けの大きな皿はなかなか美しい。
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by kimiyasu-k | 2011-11-24 06:58 | Comments(2)
2011 11 20 NESSO
朝は、2,3度まで温度が下がるようになってしまった。日中なのに静まり返った湖面を、ヨットがゆっくりゆっくり滑って行く。バルコニーでパン屑を投げればカモメたちが目と鼻の先まで飛んできて器用に空中採餌をして行く。
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by kimiyasu-k | 2011-11-21 07:24 | Comments(0)
2011 11 17 ほうどう
ようやく、裁判官買収から少女売春までこれでもかと言うほどイタリアを騒がせていたベルルスコーニが辞任して新政府が発足した。それにしても、これまでのベルルスコーニの政府とはイメージが180°違う、政治家抜きの、有識者だけによる政府が発足したのには日本人だけでなくイタリア人自身もかなり驚いている。「え、政治家抜きで政府というのが作れるんだ?!」。法律に詳しくない自分にはどんな法的根拠によって、大統領ナポレターニが首相モンティを指名し、そのモンティが政治家抜きで組閣をすることができたのか分からないが、結局は余りに酷かったここ数年間に渡る政治的対立を見かねた「民意」が、こんな方向に経済危機のイタリアを向けたのだろう。(ギリシャの次はイタリアかと騒ぐ日本だが、イタリアではそんな雰囲気はどこにもない。)ここ一年の間に大きくイタリアは自分で方向を決めた、その「民意」に注目。ひとつは6月にあった国民投票による原子力発電の凍結、もうひとつはこの新政府。
前首相のベルルスコーニは、イタリアのテレビ放送局ほとんどを手中にしていることは有名だ。インターネットがこんなに普及したとはいえ、一般の人にとってまだやはり情報の大半はテレビの画面を通して伝わる。意識するしないに限らず、情報はまるで空気のように脳に入り込んで来て、人々の考え方を形成していく。そんな力を持ったベルルスコーニも、ジャーナリズムの力には勝てなかった。ジャーナリズムは、権力のプロパガンダをする手段ではなく、民主主義の番人だと言っていたのはだれだったか。
NHKを始めとする大手メディア、読売、朝日などの大手新聞、すべて「記者クラブ」という日本特有の構造が、日本をジャーナリズムの後進国にと留めている。そんな日本のジャーナリズム、「記者クラブ」に対抗してできた「自由報道協会」に注目したい。
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by kimiyasu-k | 2011-11-17 13:53 | Comments(0)
2011 11 16 東通町
専門家は、余りにひどい時は、声を大にして「醜い」ということを言わなければ、それは社会的な罪だ。原発の地元助成金の結果がこのあまりに酷い、醜い建物であることに、開いた口も塞がらない。色、形、素材、プロポーション、全てがゴミのようなこんな建物を設計し、原発誘致との引き換えに、こんな建物を建ててしまう経済と意思決定の仕組みは狂っている。
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by kimiyasu-k | 2011-11-17 01:58 | Comments(3)
2011 11 12 siracusa
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ケビン・リンチの「都市のイメージ」が出版されてからもう半世紀が過ぎてしまった。この50年の間に、日本の町並みはいったいどれだけ豊かに、魅力あるものになったかと考えると、決して実り多き半世紀とは言えなかった。道の両脇に高い建物が立ち上がりどちらかと言えば閉鎖的な、薄暗い道を歩いていくと、突如として光に満ちた大きな広場、空間が拡がったり、突き当たりにこれでもかというほど、魅力的な建物が建っていたりするシラクサの街は本当に魅力あるものだった。道路斜線制限、隣地との500ミリの間隔制限、建蔽率に容積率、そんな定量化できる建築基準法に照らし合わせて建物を作っていけば、どんどん町並みは醜いものになっていくことは明白だ。世界がグロバリゼーション、均質化していく中で起きた福島の原発事故は、「地域」という概念に再び息を吹き込んで、ネオ・地域主義とも呼んでよい新しい理念が育ちつつある。そのネオ地域主義を形にするために、日本の街は真剣に「町並み」に取り組まなければならないしそれを形にするための何からの「道具」が望まれている。
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by kimiyasu-k | 2011-11-13 18:05 | Comments(0)
2011 11 09 COMO 仕事場
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オフィスというと何となく鉄筋コンクリートの、ちょっと味気ない空間を思い浮かべるが、ここが仕事場です。左側の壁はおそらくルネサンスの頃、右側の壁はおそらく1700年台に作られたもので、改修工事をしたときに壁紙の下から3,4層の壁絵が出てきたので、それはそのまま保存することにした。床の素材は見たことも無かった二色の土を練り焼いた、煉瓦板、テラコットでおそらくこれも1700年代のものだろう。購入した際には今にも底が抜け落ちそうな床だったために、このテラコットを一度一枚づつ剥がし、スラブ(と言っても木の梁と板の上に砂を引いたもの)を強化するために既存の板を型枠として鉄筋、メタルメッシュで厚さ5cm程度のコンクリート板を打ち、その上にテラコッタを張りなおした。テラコットは2,300年経っており、結構な数が壊れていたために、同じものを他の改装現場から探しだして使った。テラコッタの仕上げは、研磨機を現場に持ち込み水磨きをした。天井は、根太格天井だが、これも白いペンキが何層にも何層にも塗られてたために、サンドブラスト、砂を高圧で吹きつけペンキを剥がし、木の生地までもって行った。木の仕上げは、亜麻仁油、を塗布した。既存のドアも同じ処理で、自然の木目を蘇らせた。
壁のモルタルを剥がすと、綺麗な石積み、煉瓦積みがでてきたので、一部それを表わしとして残している。真正面のシンメトリーに開口のある壁は全くの新築で、床に加重が掛からないようにH型鋼を入れ上から吊っている。左側、奥が入り口で、このドアも既存のもの、ペンキを剥がして、セラックニスで仕上げ、ワックスをかけている。
家具類もほとんどが骨董品で、テーブルは1800年代の修道院の食堂で使われていたもの、右の書類入れは、知り合いの大工が捨てるというのでもらってきた1930年代のオークの家具だ。
もちろんここは打ち合わせ、作業スペースで、カメラ側、こちら側には新しく作ったデスクやらイケアで10000円くらいで買ってきた本立てなどが並んでいる。
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by kimiyasu-k | 2011-11-08 02:26 | Comments(5)
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by kimiyasu-k | 2011-11-07 07:06 | Comments(0)
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二ヶ月前、滑って転んで、バックの中にあったカメラが壊れてしまった。日本に帰った時、修理にだそうとシグマ社に電話をすると、ゆうパックで着払いで送れば修理して送り返してくれるという。大分、使い込んだカメラは、液晶も傷が付き、凹んだりしていたけど修理されて戻ってきたカメラは、ほとんど新品。別の新しいカメラを送ってきたんじゃないかと疑ってしまうほど。こういうサービスは本当に日本的で、手強い消費者に鍛えられているメーカーのアフターサービスは世界一だ。最近はそんなことも無いと思うが、イタリアでは10年ほど前までは紛失してしまう郵便に、大事な書類を日本に送る時はわざわざ電車に乗ってスイスまで出しにいったものだ。12時間の飛行機のあと電車での帰路、手持ち無沙汰な乗り換え時間、サロンノの駅でほぼ新品のカメラを取り出した。久しぶりの広角写真。
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by kimiyasu-k | 2011-11-04 06:17 | Comments(0)