コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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20120530 イチゴ
バケツ三杯、今年はイチゴが大漁だ。
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Sigma SD15 RIKENON 50mm f2.0
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by kimiyasu-k | 2012-05-31 21:19 | Comments(0)
2012 05 29 私の責任という無責任
大飯再稼働「私の責任で判断」 首相、福井県の同意条件

関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働をめぐり、野田佳彦首相は30日の関係閣僚会合で、立地自治体の同意を前提に「私の責任で判断する」と表明した。同日の関西広域連合の会合に細野豪志原発相を派遣し、周辺自治体の理解が大筋で得られたと判断。福井県やおおい町の同意を受け、関係閣僚会合で再稼働を正式に決める方針だ。                       朝日新聞より

「私の責任」というのは何を意味するのか。単なる「辞任」を責任と思っているのか。第二次世界大戦の戦争責任者は、戦犯=死刑という形で一応責任を取ったことになるが、野田首相は、もし事故が起きた場合には、死刑を受けて責任をとろうとでも思っているのか。それでも戦争で亡くなった方がたの命は戻らないし、福島原発事故で避難を余儀なくされた被害者の中には永久に家に戻れない人々がいる。そして残念ながらあと3,4年もすれば放射能汚染により発病、命を奪われる人々がかなりの数に上るだろう。
世の中には責任をとりたくても取ることが不可能なことがあることも、また今回の福島原発の事故がもたらしたことも全く理解していないという、全くお粗末な国のリーダーにそろそろ退場してもらわないといけない。「私の責任」という無責任さには開いた口が塞がらない。
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R-D1 canon 50mm f1.8

新しく入手したカメラ、レンジファインダー式だからなのか、どうもピントを合わせるのが難しい。ピンボケも写真の醍醐味。
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by kimiyasu-k | 2012-05-31 00:45 | Comments(0)
入れ墨
橋下市長の入れ墨問題は、考えさせられることが多い。日本では歴史的に、文化的に入れ墨はヤクザとの繋がりがあるため温泉などでも入れ墨のある方、お断りという張り紙を見ることがある。
イタリア、おそらく日本以外の国では入れ墨はお化粧、宝石などと同じお洒落のひとつとして考えられているから背後に文化的な意味もなくて、あまりいい趣味じゃないな、という批判がある程度だ。だからと言って、大阪市は文化的な背景をもった日本の行政区なのだから、馬鹿らしいという問題で片付けられる事でもないし、「表現の自由」を楯に抵抗する市職員と橋下市長との対決をうんぬんするつもりはここでは毛頭ない。

気になるのは、橋下市長の君が代斉唱や石原都知事の尖閣諸島購入にもちらつく「国」という概念だ。
外国に暮らしていれば嫌でも「国」のことを考えないわけにはいかない。
考えてみれば、「国」には明確に二つの側面がある。ひとつは共同体を法律により物理的に機能させるための装置としての側面。もうひとつは、そこに帰属する人々の精神的なアイデンティティとしての「国」という側面だ。
イタリア人にお前は中国人と聞かれれば「いや日本人だ。」とすぐ答える。これは中国に対して差別意識があるるという意味ではなく、自分のアイデンティティの中に「日本人」という精神的なよりどころが大きく占めているからだ。
しかし良く考えてみれば「近代的民主国家」などという理念は、精精ここ150年ほどのことで、欧米強豪に立ち向かわざるを得なかった日本のかなり特殊事情によるところが大きいことに気づかされる。
実際、イタリア人を観察していると、イタリアという国への帰属感、精神的なよりどころの占める割合は、日本人に比べて遥かに軽いという感じがする。イタリア人はむしろ、自分の街、都市、ミラノならミラノ人、ローマならローマ人ということに、自分のアイデンティティの重きを置いている。ましてや、ミラノ人にとっては、シチリア人はほとんど外国人という、そんな感覚さえ持っている。
橋下市長は、戦後の政治体制に大きな問題意識をもち、「維新」という言葉でそれを表現し戦後の日本の政治を変えようとしている。この硬直感、閉塞感のある日本社会で、ようやく登場してくれたかと、自分もどこか期待感を持っている。
ただし、国歌斉唱、刺青問題の裏に潜む何かが、まさに明治維新でおきたように、精神的なナショナリズムという様相を帯びていることに留意しなければならない。
明治維新以後の日本の歴史が、結局第二次世界大戦という結末によりひとつの締めくくりを見せたことを忘れてはいけない。君が代斉唱にみられる橋下市長のネオナショナリズムは、その中に大きな「国家主義」という前近代的な要素をはらんでいる。
法治国家として、今の日本というシステムを改革、改善することは全くもって同意するが、権力が、個人の価値観に介入するとき、それはナショナリズム、ファシズムという典型的な20世紀的な政治形態へと逆行する。様々な行政改革手段の中に紛れ込んだ、個人の価値観を利用しようとする政治手段は丹念により分けて、市民が排除していくことをしなければ、いつのまにか我々は止めることのできない大きな流れの中に飲み込まれてしまう。大きな流れに飲み込まれればどうなるかは、今更、安全という「共同幻想」のもとに進められた原子力発電がもたらした結果をふりかえる必要も無いだろう。
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R-D1 canon 50mm f1.8

コモ、サンフェデーレ広場の建物。色とボリュームが重なりあって面白い。
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by kimiyasu-k | 2012-05-30 11:09 | Comments(2)
2012 05 29 馬鹿んす
ヨーロッパはそろそろ、夏季休暇、バカンスの季節に入りつつある。ヨーロッパ人は何週間もある長い休みを一体何するのかといえば、こうして湖畔に椅子出して、クロスワードパズルをする子供を横に夫婦揃って双眼鏡で別に特別何も無い湖を見たり、カモにパン屑なんか与えて、お、大きい魚も来たぞなんて喜んだり、まあ、馬鹿なことして過ごすのが、バカンスの正しい過ごし方だ。こんな非生産的な生活態度は、ほんとうは一年の長いスタンスでは極めて生産的な馬鹿さ加減で、残念ながら日本人はちょっとついていけない。
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R-D1 canon 50mm f1.8
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by kimiyasu-k | 2012-05-29 22:17 | Comments(0)
2012 05 27 我酔狂物欲者 R-D1
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東京に行くと、カメラやらレンズやら買ってくるのが当たり前になってしまった。たまに帰国するなら話は分かるが毎月行くのだから、始末に終えない。今回はこの誰も知らないエプソンのR-D1というカメラ。マイナーチェンジをしたとはいえ2004年の発売、8年前のカメラがまだ新品で手に入るのだから驚き。レンズは親父が60年前に買ったキャノンのserenar50mm f1.8を装着。このカメラ、1950年のレンズを使えるのだからうれしい限り。毎年新しいモデルが出て、2年もすれば型落ち、価値の無くなってしまうデジカメ界ではまさに異端児カメラ。今時、安いデジカメでも1200万画素数は当たり前なのに600万しかないこんな古くて高いカメラを買う自分は全く酔狂物欲者、だな。
いやあ、でも、ガラス花瓶の立体感、光の当たる木の扉の質感、浮き出る三次元薔薇、こりゃあ新しい高性能の一眼レフでも映し出せないなと満足、せざるを得ない。
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by kimiyasu-k | 2012-05-28 02:13 | Comments(1)
2012 05 15 近所の薔薇 夜9時 洗濯物
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NIKON D300 Nikkor50mmf1.4
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by kimiyasu-k | 2012-05-16 06:05 | Comments(0)
2012 05 12
昨日の派手な夕焼け、明日は雨、と思っていたけど結局降らない。
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Sigma DP2
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by kimiyasu-k | 2012-05-13 23:37 | Comments(0)
2012 05 13
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by kimiyasu-k | 2012-05-13 23:33 | Comments(0)
2012 05 13
タルコフスキー監督のノスタルジアを、わけも分からず我慢大会のように見たのははるか昔のことだけれど、シエナの街から車で30分も走れば、こうして今でもトスカーナの大地にSan Garganoは未完のまま建築として出現する。
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映画のシーンはこここから
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by kimiyasu-k | 2012-05-12 22:42 | Comments(0)
2012 05 10 フィレンツェ 雨
天気が悪いほうが面白い写真が撮れるなどと強がりを言っても、数年ぶりに雨のフィレンツェを濡れた靴で歩くのは、やっぱり気持ち良くない。
こんな巨大で”美し”かったか、フィレンツェのサンタマリアデルフィオレは。
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by kimiyasu-k | 2012-05-11 07:01 | Comments(0)