コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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2015 12 26 秘密の湖岸 コモ湖
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by kimiyasu-k | 2015-12-27 06:12 | Comments(0)
2015 12 25 聖誕祭,夕方
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by kimiyasu-k | 2015-12-26 17:14 | Comments(0)
2015 12 26 ひかり San Giovanni a Torno
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by kimiyasu-k | 2015-12-26 15:49 | Comments(0)
2015 12 25 NATALE
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聖誕祭、イタリア語ではNATALEナターレです。Torno, San Giovanniにて
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by kimiyasu-k | 2015-12-26 02:56 | Comments(0)
2015 12 25 PROBLEMA
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建築というのはなかなか分かりにくいものだけれども、独りの人間と思えば良い。体と心,そして、服を着ている。
一見,素晴らしく見えた人も,実際には着ている服が良かっただけで、中身の身体は別に普通の人,みたいな事もあるし、逆にすばらしい人格の人でも着ているものが酷ければそのように見えてしまう。
建築の事をかなり深く分かっている人が建築を評価するときには、実はあまり外見の服の部分に重要性をおかない。中身の人間、人格の方を大事にする。
問題は,1980年頃から、建築そのものへの興味が,実はこの外の服の部分ばかりになってしまったということだ。
ひとつには、これは建築ジャ−ナリズムの功罪が大きい。紙面、ネット上で,おもに写真,二次元で伝える建築のイメージは、どうしてもこの服の部分を奇麗に見せる事に走ってしまう。当然,一般の人達は、建築とは表面だけが写真に写っている「物」であると思ってしまう。そして設計,建設する方もどうしてもこの写真に写し込むことのできるもの、服の部分だけに膨大なエネルギーを費やすようになる。
で,今、国立競技場の事で,問題なのは、A案は,言ってみれば「服」だけの建築であって、それに対してB案は「中身」の建築だということだ。もちろん極限して言えばだけれども。
これは「隈健吾」と「伊東豊雄」という2人の建築家の世代の違いに大きく起因している。若い人から見れば,まあふたりともすでにご年配,と映るかもしれないけれども、実は、この二人の建築家の間には、歴史的な崖、断絶が存在している。伊東さんは、近代建築という強い理念に支えられ建築を、言ってみれば建築の中身の部分を考え続けた人であるのに対して,隈さんは、ポストモダン以降の世代であり,理念としての建築から開放されて,言ってみれば中身はさておき、表層、服の部分が本質と考えて建築を探ってきた。それは、東京の環八沿いに若い頃隈さんが設計した古代建築をモチーフとした建物を見れば明白だ。今でこそ隈さんは、木などの自然素材のスペシャリストというイメージがあるけれども、そして格子などのデザイン要素が建築に強い個性を与えているけれども、これらの要素が示すところは、建築に向う姿勢としては、あの醜いコリント式の柱頭モチーフをアイロニックに扱った環八建物と全く同じであるということだ。
隈さんの建築の方法論はさておき,実は,今回の新国立競技場のA案選択は決して偶然のものでは無いと思う。これは社会そのものの価値観の現れと言いきれる。日本の社会そのもののあり方が、新国立競技場を建設するという事業に浮き彫りにされている。
言い換えれば「表層」だけ、つまり「服」だけを追っているという事だ。それが、あのような案の選択という結果を生んだ。
こう言ってもなかなか理解が難しので、別の選択肢の可能性を上げてみればわかりやすい。非常に対比的な選択として、「旧競技場を修復、改修」という方法があった。建築の服でなく中身のひとつに、建設という行為自体が、ある理念、価値観の表明という属性がある。今回の国立競技場はスクラップ&ビルト、消費という戦後の日本がずっと続けてきた建設行為から脱却という可能性もあった。木を使う事でエコロジーなどというイメージを醸し出す建築であっても実は,その本質的な理念は,かつての高度経済成長期の「大量消費」という馬鹿げたものだという事だ。
隈健吾の建築を本当に批判するにはこんな短文の中では無理だけれども、単に「どちらのデザインが優れているか」「どちらが工期が短いか」「機能的に便利か」などといった問題でなく、日本の建築が抱えた問題(端的に言えば日本の住空間、都市空間が戦後あまりに貧しく酷くなったということ)に関わる根本的な原因が、今回の新国立競技場にはあらわれている。
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by kimiyasu-k | 2015-12-25 17:23 | Comments(0)
2015 12 24 Vigilia di Natale
2015年前の明日,こんな感じだったのだろうか。
TORNO, CHIESA di SAN GIOVANNIにて
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by kimiyasu-k | 2015-12-25 07:06 | Comments(0)
2015 12 22 湖畔の館の大きな樹
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by kimiyasu-k | 2015-12-23 07:45 | Comments(0)
2015 12 22 CASTELLEONEの毎月第二日曜に開かれる骨董市
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by kimiyasu-k | 2015-12-23 07:09 | Comments(0)
2015 12 22 間口の狭い家 CREMAにて
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by kimiyasu-k | 2015-12-23 06:52 | Comments(0)
2015 12 21 奇跡
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A案は建築家の隈研吾氏(61)がデザインし、大成建設などのグループが提案した。国産スギを多用し、周囲の景観になじむよう高さを50メートル以下に抑えた。水平に重ねた深い軒ひさしが特徴で、伝統的な日本建築を表現している。
 旧計画は最終的に総工費が2500億円超と見積もられ、今年7月に白紙撤回。今回、採用されたA案は、旧計画より約1000億円安い約1490億円で、竹中工務店と清水建設、大林組のグループが提案したB案より7億円安かった。/ YOMIURI ON LINE

7/1490=0.469%

家を建てるとき建設会社に数社見積もりを取ると、値段の差に驚いてしまう。同じ設計図でも大体±20%くらいの違いはあって、まあ安いところを選ぶのは普通のやり方だ。

で、今回の新国立競技場は、奇跡的に両案のコストの差が0.5%も無いのだから,そして世の中には奇跡というのは無いのだから,当然偶然,こういう数字になったわけではない。コンクリート1立米当たりの単価が10円違っただけでも一体全体でいくらの違いがでるか考えてもみればいいし、杉の値段なんて定価があるわけでもない。

1 このままでは国民が許さないので1000億下げて,建設費は1500億にします。
2 今回の工事はわたくしがやらせて頂きます。(いずれにせよ持ち回りなので,他の施設は別の建設会社で)
3 見積もりは10億おまけして1490億にします。
3 設計は横やりの入らない隈さんに頼みます。
4 他社さんは1490億よりチョコッとだけ高く,でも1500を超えない程度で見積もるようにお願い致します。

建設業界はとても単純にこういう風に動いて行くのであって、デザインがどうの、設計が良いとかそういうことは余り関係ない。国産杉を多用した日本的なデザインが評価されたなんてのは,じゃあ,一体白紙撤回されたザハハディッドの前案は,日本的なところは微塵もないのに、あれからデザインの良い,悪いという価値観が180度変わってしまったというのだろうか。同じ事業主体,同じ審査主体であるはずなのに。結局,そういうことは、単なるアリバイづくりに過ぎないのであって、「権力」が建築を,人の居住環境を決定していく。
このような目眩のするような公共の資金を使ってやる工事なのだから、そしてもう一度大失態を犯しているのだから、審査会を完全な公開の場でやるくらいの良識ある人が、このような事業を運営してくれないと困る。前案で大失態を犯した人がまたこんな密室決定をするのだから、厚顔としかいいようがない。




















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by kimiyasu-k | 2015-12-22 15:07 | Comments(0)