コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

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2017 01 31 婦人服屋
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by kimiyasu-k | 2017-01-31 23:16 | Comments(0)
2017 01 31 冬霞みの街
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by kimiyasu-k | 2017-01-31 22:22 | Comments(0)
2017 01 29 TORNO
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by kimiyasu-k | 2017-01-30 05:15 | Comments(0)
2017 01 29 冬のヨット桟橋
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EPSON R-D1x NOKTON40mmF1.4 TORNOにて















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by kimiyasu-k | 2017-01-30 00:47 | Comments(0)
2017 01 29  二倍以上

ああ、早く夏来ないかな。
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EPSON R-D1x NOKTON40mmF1.4 2012年夏 CINQUETERRE にて


滞在許可証の更新に行った。警察に外国人事務所というのがあって、そこに並ぶ。長い行列が毎日事務所からはみ出るくらいできていて、「移民」に取っては「行事」の感がある。この行事をしないためにはイタリア国籍を取れば良いのだけれども日本政府は二重国籍を認めないから、日本に「未練」のある自分のような日本人はイタリア国籍を取る事ができない。事務所内は世界中からの人達でごった返している。今回はアフリカからの黒人が目立つ。少し前までは,ゴムボートで渡ってきたアルバニア人など東ヨーロッパの人が多かったけれども。真っ黒な大きなくりくりした目をした3歳の女の子とベビーカーにまだ生まれて数ヶ月の赤ちゃんを連れた明るいアフリカの夫婦とか、ちょっと陰気な東ヨーロッパの若者とか、金髪のモデルのようなウクライナ人とか,東南アジアから来た修道女とか、所謂人種の坩堝だ。そんなところに放り込まれれば自分も「人類のひとり」になったような気がして、不思議な感じがする。
それにしても、今度のアメリカの大統領は酷い。なんと受け入れ難民の定数をオバマ政権の約半分の5万人にしたという。あとの5万人は、自国では生命の危険があっても来るなという。なんだかんだと言え豊かなアメリカなんだからあと5万人くらい受け入れてあげるだけの大統領としての器量というものが欲しい。これでは歴史上最悪の大統領だ。わが未練のある祖国日本は、受け入れ難民は2016年は前年に比べてなんと120パーセント増だ。アメリカの50%カットにくれべて日本は二倍以上の難民を受け入れたのだ。なんと27人もいる。国際的に自慢できる数字じゃないか。首相は新しい大統領にこの120%増の実績をつきつけてやれば良い。

















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by kimiyasu-k | 2017-01-29 01:27 | Comments(0)
2017 01 26 くやしい
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アメリカの新しい大統領に世界が振り回されているという感じがして「悔しくて」しかたがない。アメリカ以外の国が一致団結して、立ち向かえば、こんなに振り回されることは無いんじゃないかと思うけれども、それは野党連合が難しいのと同じで、ほとんど不可能だ。選挙前は気違い沙汰と評価されていた大統領も今では、グローバル自由経済の限界を示した新しい変化として、むしろ好意的に語られる、語ろうとしている風潮がどうもして納得がいかない。確かにリベラルはTPPには反対だし、企業が労働力が安いからと外国に生産基地を置き地元労働者が失業するのにも反対だし、と夫々の政策をみていけば、「同意」できる事が沢山ある。でも、何かが違う、どこか違和感を感じるのは自分だけじゃないと思う。それはおそらく何よりも新大統領が、時計の針を逆戻りするような、国粋主義に通じる近代国家主義を標榜しているからだと思う。言って見れば第二次世界大戦前の「国家」概念に基づいた国家運営をしようとしているからだ。一体、戦後70年の歴史は何だったのかという事になる。いつかは植民地政策でもはじめようと言うのだろうか。(戦後ずっと植民地のような国もあるけれども)
そしてどうもこの新しい大統領に違和感を感じるのは,経済政策の更に上位の何ら新しい価値観の提示が無いからだ。人類は長い歴史の中で、自由や人権、共産主義,民主主義、といった新しい理念、価値観を獲得してきたのに、そしてグローバル化が行き詰まった現在,新しい価値観が求められているのに、世界を支配する国家の首長が何ら新しい理念,つまりこれから向おうとする方向性を提示していないことに、違和感を感じているのだ。
だから、勢い様々な政策を括ってみて行けば,そこにあるのはもう古くなった近代国家という概念の中での「権益、覇権」という事になる。言ってしまえば新しい大統領の理念は「権益」だ。そう思えば,藩属国の首相が、まだ任命されるまえに馳せ参じた事も,言い掛かりをつけられた自動車メーカーの社長が恐れおののいて,みかじめ料を約束したのも合点がいく。
経済、権益は大事だけれども、「愛」みたいにもっと上位の理念のことを考えてくれるリーダーじゃないと、みんなが幸せになるような世界にはならないんじゃないかなあ。


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by kimiyasu-k | 2017-01-27 06:28 | Comments(2)
2017 01 26 平成の平凡な平日の昼飯

今日のような平凡な平日の平凡な昼食は、セルフレストランでルコラとグラーナ(チーズ)の乗ったイタリア料理としては平凡な牛刺を食した。
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by kimiyasu-k | 2017-01-26 07:11 | Comments(0)
2017 01 25 カフェ・マッキアート
カフェマッキアートは、染みたコーヒーという意味で、何の染みかと言えば、ミルクのシミで、エスプレッソに少し泡立てたミルクを入れたもので、逆にラッテマッキアートというのは、染みたミルクという意味で、ミルクにエスプレッソコーヒーの染みを入れたものを言い、カフェラテは単純にコーヒーとミルクを混ぜたもので、まあエスプレッソコーヒーとミルクの組み合わせにもいろいろある。ちょっとエスプレッソをそのままでは強すぎる時は、このカフェマッキアートを頼んで、ミルクコーヒーが飲みたい時は、ラッテマッキアートということになる。そういえば、泡立てたミルクをかなりの量入れたカプチーノも忘れてはいけなかった。
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by kimiyasu-k | 2017-01-25 22:54 | Comments(0)
2017 01 23 コモ 月曜休みのカフェ
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それにしても「風たちぬ」は酷い映画だった。
発表された当時少し興味があったけれども見る機会がなかった。事務所のスタッフが図書館から借りたこの映画を見て,面白いからと薦めれて,まだ返却日まで数日あったので又借りして見た。
まずは主人公にとって「性能の良い飛行機を設計する=仕事」ということが、ある種の宗教的な聖性を帯びたものとして描かれている。電通社員の自殺に関して先の記事にも書いたけれども「仕事=聖域=殉教」という美意識がストーリーの軸になっている。それは情熱という言葉で形容すれば美しいけれども、ここまで行けば偏執、ほとんど脅迫観念と言っても良い。
そして技術者の純粋な「美しい飛行機をつくりたい」という押さえ難い衝動が結果として「優秀な殺人機械」を生み出す、という糾弾されるべき「技術者の倫理観の欠如」が、あたかも自然災害のような歴史の不幸として全面的に肯定されてしまっている。広島の市民を30万人殺害した原爆を考えてみればそんな事は明白だ。僅かのウランを核分裂させることによりこれまで人類が手にしたことのないエネルギーを一瞬に生み出すことの魅力、美学に取り付かれた科学者,技術屋が生み出したものが、一瞬にして数十万人を殺戮する悪魔の道具になった事実を前に,その科学者,技術者の純粋な衝動を褒め讃える事はだれもしないだろう。
さらにかくも魅力的な,結核という運命を背負った菜穂子があまりに男性主義的な「理想の女性像」として描かれていることにも驚かざるを得ない。菜穂子の生きる意味は、飛行機という情熱,仕事に打ち込む夫を思うことにある。そこには自分の命を犠牲にして夫への思いを貫くことが男尊女卑という視点から思い描いた「女性の至上の愛」であるという美学が表現されている。二郎と菜穂子の立場を逆転してみれば、この美学が全く成立しないことは明白だ。
宮崎駿さんの映画は結構好きで、日本の映画の中では骨太の見応えのある映画、人の根源的な感情を掘り下げる映画だと思っていたけれども、そしてどんな事情があってこの映画ができたのかは知らないけれども、これでは現代日本の社会心理学的な病根が,まるで人類普遍の「理想の姿」であるかのようなとんでもない履き違いをしているとしか言いようがない。このような映画が賞賛され続ける限り、過労死も、いじめも、人種差別も児童虐待も男尊女卑もなくならない。
仕事に対する個人的な情熱は分かったけれども,それはあくまで個人の問題であり、みんな誰か他の人間との関係性の中で生きている。その他の人をRISPETTO尊重,リスペクトする事がまずは第一だ。強迫観念的な情熱は単なるエゴイズムにしか過ぎない。ましてやそれが他の人を害するもの生み出す情熱だとしたら。
「芸術至上主義」、「科学技術者の倫理観欠如の容認」、「男尊女卑」、この映画の3本の柱がこれだ。素晴らしい作品によって名声を一度獲得した人が生み出すものが全て素晴らしい訳では無い。











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by kimiyasu-k | 2017-01-23 23:38 | Comments(0)
2017 01 23 コモ 月曜休みのブティック(もの真似)
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by kimiyasu-k | 2017-01-23 22:38 | Comments(2)