コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2008年10月23日木曜日 はれ
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1935年、テラーニとリンジェリによって計画されたミラノ、センピオーネ通りの集合住宅。casa ed appartamenti rusticiと呼ばれている。
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# by kimiyasu-k | 2008-10-24 16:26 | 建築・architettura | Comments(0)
2008年10月22日 水曜 くもりのち晴れ
今、イタリアでは「人種差別」が問題になっている。これは近年、アフリカ、東ヨーロッパからの移民の数が、人口の5%以上を占めるようになってきたためだ。先日、衆議院で小学校でイタリア語を話せない子供を別クラスでイタリア語の特別教育をするという法案が通過した。この法案を巡って、与党(右)と野党(左)が大きく割れた。先の選挙でイタリアはベルルスコーニの率いる右派の政権に移ったが、その中でも最も右よりとされる北部同盟党が提出した法律だった。イタリア語を話せない子供にイタリア語教育をする、という一見「善意」に充ちた法律も、イタリアでは一般の人々も加わり徹底的に議論される。昨夜は、La7という左側の放送局で、その法案の発案者である北部同盟の議員を呼んで討論がなされた。そこには、現実に小学校でイタリア語を喋れない子供たちを教える先生も参加していた。この法律だけでなく、北部同盟は移民に対しては、厳しい立場をとり様々な提案を繰り返し、また一部の議員の外国人(もちろん西ヨーロッパ人を除く)に対する言動は顰蹙を買い、国際的な問題にもなっている。そのような背景からこの法案は、イタリアが「人種差別」国家への道を歩んでいる証の何ものでもないという主張が左からは成されているわけだ。アウシュビッツの歴史を体験したヨーロッパでは、「人種差別」は容認の余地が全く無い。今現場にいる小学校の先生たちは、隔離したクラスに入れるのではなく、今のようにイタリア人の子供たちの中で時間をすごさせることによって、何よりも早く、効果的に子供たちはイタリア語を学んでいく、そしてそれがとりもなおさず、イタリア人の子供にとっても、社会でくらすことを、新しい人間関係の価値感を学ばせることにほかならない、という。
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# by kimiyasu-k | 2008-10-22 16:52 | Comments(0)
2008年10月20日 月 くもり
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コモ湖は1000mから3000mにまで至る急峻な山で囲まれているが、標高1000mあたりは、かつて牧畜が盛んに行われていた。今ではその数も少なくなってしまったが、当時使われていたマルガ MARGA と呼ばれる、牧畜小屋が至るところに残っている。小屋といっても、石造りのとても美しい建築だ。セメントを使わずにただ石を積み上げただけの壁、ベオラと呼ばれる石板で葺いた屋根。小さな開口部。中にはセカンドハウスとしてきれいに改修して使われているマルガもあるが、この宝石箱のような建築はほとんど見捨てられて、屋根が落ち、壁が壊れていく。トルノ村から山道を辿っていくと、このマルガが建っていた。近くからは「牛の音」が聞こえる。ジープに乗った若いカップルがやってきて牛の牧草をやると帰って行った。
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# by kimiyasu-k | 2008-10-20 21:55 | 建築・architettura | Comments(0)
2008年10月20日 くもり
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コモにはテラーニのカサデルファッショ以外にも、いくつかのイタリア合理主義建築の文化財がある。これはLINGERIの設計したアパートで、街の城壁のすぐ外にある。薄いスラブのバルコニーが水平にのび、細い鉄パイプの柱が支える。水平性を強調する手すりはフラットバーを使っていて、今日の鉄の手すりの原型とも言える。建物は10年ほどまえに、ファサード全体に手が入れられ、修復された。足場が外れたとき、そのピンク色に驚いた。
1936
Casa Cattaneo e Alchieri
via Mentana 25, 22100 COMO
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# by kimiyasu-k | 2008-10-20 20:00 | 建築・architettura | Comments(0)
2008年10月18日 土曜日 くもり
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カサ・デル・ファッショ 1936年、ジュゼッペテラーニが設計をしたイタリア合理主義建築の傑作。世界中から多くの建築家たちが訪れる。現在は、財務警察署として使われているが、土曜の午後には内部を見学することもできる。
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# by kimiyasu-k | 2008-10-18 20:41 | Comments(0)
2008年10月16日 木曜日 曇り
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朝、車から黄色いガムテープが見えた。気が付くと町中に黄色いガムテープが貼られている。例によって悪戯かと思うとどうも様子が違う。イタリアの様々な街で開催されているComONというカルチャーイベントだった。http://www.comon-co.it/
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# by kimiyasu-k | 2008-10-17 00:23 | 生活・vita | Comments(0)
2008年10月13日 月曜日 晴れ
土曜の夜、11時過ぎにテレビをつけると、「裁判」をやっていた。日本では法廷の映像が公の場に現れることは無いが、イタリアでは法廷にテレビカメラを持ち込み、その様子が報道される。
2005年に起きた、麻薬を巡る殺人事件の裁判を、約2時間にまとめて番組を組んでいる。法廷という密室で展開される判決までの経過は何回見ても衝撃的だ。
よく、新聞などで見る殺人犯人は如何にも極悪非道の顔をしている。それが、実際に法廷で見せる顔は、おそろしいほど、普通の人間だ。
被疑者、犠牲者の母、姉妹、友人、被疑者の親類、妻、などが法廷で極めて人間的に証言をする。あまりにも真実味をもって無実を訴え続ける被疑者、怒りと悲しみに充ちた被害者の母親、何とも複雑な表情で、証言を続ける被疑者の妻。
日本でも陪審員制度が、導入されると聞いている。法廷での生きた人間のやり取りを目の前にして、情に流されずに一体どこまで冷静な、合理的な判断ができるのか、考えさせられてしまう。それが、殺人、死刑という極限的な状況での裁判であったのなら、なおさらだ。失敗や間違いは許されない。
もうひとつ思うのは、日本での報道のあり方だろう。日本のマスコミは基本的に当たり障りの無いものしか「見せない」ことを前提にしている。これは法律によって「規制」がなされているためだ。もちろん、イタリアのテレビも何もかも見せているわけではない。一方で、人々の考え方をある方向にもっていってしまうという危険性を孕むものの、やはり「報道の自由」は最大限に守られなければならない。

ちなみにこの裁判がどのように終わったかというと、被疑者の泣くような声での「無実」の最終弁論にもかかわらず、イタリアでは極刑である無期懲役、自分には関係なかったという共犯者には25年の刑期が言い渡された。
判決のあと、鉄格子の向こう側に居る被疑者に、犠牲者の母親は大きな声で、「この糞たれめが、死ぬまで刑務所にいろ!」とどなり、それに「何を言っているんだ、ばかやろう」と言い返す被疑者、その間に入って静めようとする警察官。日本では、こんな場面は無いのだろう。もちろん、被疑者は、上告をした。
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# by kimiyasu-k | 2008-10-13 16:47 | 生活・vita | Comments(0)
2008年10月8日 小雨 くもり
昨夕のテレビで、何やら不可解なニュースが流れていた。
タイトルは、「日本人の物理学者がノーベル賞を掠め取る」というものだ。
Sono lieto che il premio Nobel sia stato attribuito a questo settore della fisica che sta avendo sempre più attenzione da tutto il mondo e dal quale ci aspettiamo fondamentali scoperte che aumenteranno la nostra comprensione sull'Universo - ha commentato - Tuttavia, non posso nascondere che questa particolare attribuzione mi riempie di amarezza: Kobayashi e Maskawa hanno come unico merito la generalizzazione, per altro semplice, di un'idea centrale la cui paternità è da attribuire al fisico italiano Nicola Cabibbo che, in modo autonomo e pionieristico, ha compreso il meccanismo del fenomeno del mescolamento dei quark, poi facilmente generalizzato dai due fisici premiati.
私は、物理学のこの分野に、ノーベル賞が与えられたことに喜びを感じます。
、、、、とは言え、この付与が、幻滅であることも隠せません。小林、益川は、核心的理論の一般化を行っただけであり、核心理論の生みの親は、イタリア人の物理学者ニコラカビッボであり、彼がクォークの混合現象のメカニズムを解明し、二人の物理学者はそれを、単純に一般化しただけだということです。

もちろん、物理学の功績評価に関しては全く言う術持たずだが、「日本人の物理学者がノーベル章を掠め取る」このようなタイトルで日本のNHKに当たるイタリアのRAIが報どうするのは、日本人にしてみれば美しくない。正論は正論と、形振りかまわず(こんな言葉がイタリア語にあるかも不明だが)主張するのは全くもってイタリアらしい。
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# by kimiyasu-k | 2008-10-08 16:52 | 生活・vita | Comments(0)
2008年9月25日 晴れ
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ポレンタと並んでこの地方の料理にピッツォッケリpizzoccheriというのがある。これもやはり、何となく冬が近づいて来ると食べたくなるような料理だ。ピッツォッケリというのは、そば粉を使って作ったパスタで、形は日本のきしめんのように平たい。コモ湖の北からアルプスの懐に延びていく大きな谷はバルテッリーナと呼ばれる谷で、急な斜面に痩せた土地のために昔から蕎麦の栽培がされていた。ちなみに蕎麦粉はイタリアではサラセン粉farina saracenaと呼ばれている。蕎麦粉のパスタ、ジャガイモ、キャベツ、チーズ、そして写真はサルビアをパリパリに揚げたものを最後にのせている。おいしい!ものではないが、これもこの季節には何故かやはり食べたくなる。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-26 17:21 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月23日 晴れ
外国に暮らしていれば一日一回くらい日本ではしないような体験をするはず、と考えてみる。、、今日は、夕方そう言えば事務所のある建物の管理組合の集まりに参加してきた。日本ではあまり聞かないが、イタリアではマンション、共同住宅がごく普通で一戸建ての家に住んでいる家族は少ないために、管理組合、イタリア語では、CONDOMINIOコンドミーニオというのがある。その集まりが年に2回ほどある。廊下、階段の清掃から建物の修理、近隣とのトラブル解決などコンドミニオで処理される。これが、全く民主主義の原型かと思えるような集まりで、面白い。いろんな人が住んでいる。例えば今回は「水」をめぐって議論がなされた。早い話が、水道代は各戸にメーターがなく、各家に住む人間の頭数で割って負担しているのだが、どうも間借で入っているフィリピン人の家族は、知り合いなどが頻繁に出入りして小さな家に10人も暮らしているんじゃないか、その分、水を大量に消費するのではないかというわけだ。コンドミニオの中には実に様々な、極端なはなしいつも酒の臭いをさせている人もいれば、一人暮らしの老人も、まじめなサラリーマンもいる。そんな人びとが勝手気ままにわめき散らすのだから、話はなかなかまとまらない。そこで日本では余り知られていないが、annministratore「コンドミニオ管理人」と呼ばれる専門家がいて、話をまとめていく。
今回の水問題は、各住戸にメーターを設置するということで、どうやら一段落ついた。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-24 16:54 | 生活・vita | Comments(0)
2008年9月22日 
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日曜日にあまり予定もないと、よく車でコモ湖をドライブする。コモ湖は湖畔には昔の貴族の別荘も数多くある、北ヨーロッパ人がよく訪れる観光地だが、山に囲まれ、無数の小さな集落が散在する。昔はこのあたりの山では放牧が行われていた。今でも、数少ないものの牧畜農家がある。ベラッジョに向かう国道から少し入ったところに、小さな村があり、景色の良い見晴らし台があるのをしっていたので、立ち寄ることにする。formaggioという手書きの小さな看板が出ている。フォルマッジョというのはイタリア語でチーズのことだ。イタリアとチーズはあまり結びつかないのだがイタリアは、フランスやオランダと同じように、それ以上に牧畜が盛んで、チーズは食卓に欠かせないもののひとつだ。手作りチーズが期待できるかも、と覗いてみることにする。お店というか一坪ほどのスペースには、小さなガラスのケースがありチーズが数個置いてある。店の主人は、30代の若者だ。
どこから来たんだという質問に日本、というと、私は宮崎の大ファンだといってDVDを引っ張り出してくる。イタリア人は日本人に対してとても好感を持っている。奥にいる母親に向かって、母さん、日本からわざわざ家のチーズを買いに来たんだって、とお母さんを引っ張りだしてくる。そこで、チーズの味見と長い雑談が始まる。チーズは家に帰ってから食べたが、かなりおいしい。やはりスーパーで売っている工場生産品とは一線を画している。
写真は、半分以上食べてしまったが買ったチーズたち。一番右は発酵が一番長いもので、強烈な味がする。不思議とスルメと同じ美味しさがある。上はパプリカをまぶしたチーズ、左はもっとも発酵時間の短いチーズでどちらかと言えば軽い。手前がもっとも中間的な普通のチーズといった感じか。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-24 01:14 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月21日 日曜日 晴れ
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ことしも、ポレンタの季節がやってきた。昨日、事務所のマルチェッラが休みなのに事務所に顔を出した。コモの街に母親と買い物にきて、事務所に荷物を預けにきたのだ。コモの街はすべて歩行者天国になっているために、かさ張る買い物をすると持って歩かねばならず不便だ。雑談をしていると何故かポレンタの話になった。マルチェッラの家では、ポレンタの粉は毎年、事務所から3分のビスケット屋さんにシーズン始めだけ売りに出す石臼で引いた粉を使うそうだ。買い込んだポレンタの粉を一キロ置いていってくれた。日本人には見掛けほど味のしないポレンタはあまり美味しくない、というところなのだが、このお手製の粉に期待をして今年初めてのポレンタを作ってみる。ポレンタは、パイウオラというこの銅製の分厚い鍋で作る。もともと、暖炉に掛けて使っていた鍋なので、吊るすための手掛けも付いている。が、そこまでやるのは面倒だ。今回はガスコンロにかけて料理する。二人分なので250gの粉を沸騰した水にそそぎ、時々、木のへらでかき混ぜながら小一時間練る。湯気のあがる暖かいポレンタを皿の上にドカッともり食べる。旨い。ほのかにとうもろこしの味がして、香ばしい。あっと言う間に125gのポレンタをたいらげてしまった。ポレンタは料理の中では日本食のお米に相当するもので主食といった感じだ。普通はブラザートという煮肉やサルシッチャというイタリアソーセージ、ポルチーニというイタリア松茸といっしょに食べるのだが、今日は手抜きで農家から買ってきたチーズといっしょに食べた。鍋にはポレンタが焦げ付く。これがまたおいしい。パリパリに焦げ付いたポレンタは、水をさっとかけてしばらく置いていくと面白いほど簡単に鍋から剥がれる。メキシコ料理のタコスのようだ。
南イタリア人がポレンタ食い、ポレントーネと言って北イタリア人を見下げて呼ぶ。南イタリアの豊かな食材にたいして北イタリアは食に関しては貧しく(とは言えあくまでイタリア料理の豊かさの中での話しだが)、あんな味も素っ気もないポレンタを美味しがって食べるやつという意味で、北イタリア人のことを言う。20年してようやく自分もポレントーネになることができた。須賀敦子さんの本にこのポレンタのことが書いてあったのを思い出す。須賀さんは40年前にミラノの官舎のようなアパートで食べたのだが。
http://it.youtube.com/watch?v=VVVnbzOHwtQ
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# by kimiyasu-k | 2008-09-22 17:48 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月20日土曜日 晴れ
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外国に暮らしていると、時々日本の食べ物を思いだす。最近では、どこのスーパーにもお醤油が売っているほど日本の食品もイタリアでも比較的簡単に手に入るようになった。が、イタリア人には絶対食べれない、納豆やおもちは見かけたことが無い。そういえばもう10年以上食べてないおもちが食べたくなった。まずは、中国語でもち米が何と言うか調べる。糯米と書いてある。それを紙に書き写して、中華食材屋に行く。中国人はたくましく、どこの街にも必ず中国人の経営するアジア・アフリカ食材屋がある。そこでメモを見せてもち米を手に入れる。それを蒸してつく。もちつきに何かいい道具はないかと家を見回すとあった。数百年前の骨董のモルタイオという大理石のすり鉢がある。これを使ってもちをつく。こんなにもちつきは簡単なのかと思うほど、5分もこれも自分で作ったオリーブの木のすりこ木でもちをつく。つきたてのもちにしょうゆをつけてのりでまいて食らう。思いもがけずおいしい。日本のスーパーで売っているビニール袋に真空パックされたもちにくらべてはるかに旨い。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-22 17:42 | 食・mangiare | Comments(0)
2008年9月19日金曜日 くもり
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テーブルのデザインをしている。日本の障子がもっている細い木の格子を、西洋的なラショナルな形態にと翻訳するのがテーマになった。子供の頃は、和風の町屋風の家に住んでいた。そこには土間があり、うる覚えながら釜があり、木の風呂桶の浴室は薄暗く離れていた。破れた障子は、ところどころ花形のあてがされ、柱には日付とともに背の高さが記されていた。食事になると水屋の後からちゃぶ台を、丸い折りたたみの足のついたちゃぶ台を引っ張り出し、食卓となった。そこは4畳半の部屋だった。体に染付いた空間・体験の記憶は決して消えることがない。デザインすることは一見新しい形を、線を創造することのように思えるが、体に染付いたほとんど無意識と言っていい感覚に何らかの形を与え、その形を通して、他の人に「感覚」を伝えることができるか、どうか。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-19 15:49 | 建築・architettura | Comments(0)
2008 9月17日 くもり

d0104210_022041.jpgセバスティアーノ・バッサーリ,現代イタリア作家の書いた「cuore di pietra 石の心」という本を読んでいる。とりたてて有名な小説という訳ではないが、第一章が「建築家」という小タイトルで始まるので手にしてみた。バッサーリの小説はいくつか読んだ。その中でも「キメラ」というイタリアに来たころすぐ手にした本で、ルネサンス時代の「魔女狩り」をテーマにした小説は、思わずそのストーリーに飲み込まれてしまったのを覚えている。この「石の心」という小説もやはり時代もので、ストーリーは1900年代を背景にする。というより1900年代という時代そのものが主人公だ。一軒の家をストーリーの定点として、そこに住み、出入りし、何らかの係りをもった人々を各章ごと主人公として1900年代という時代そのものが語られて行く。このように書くと何となく焦点のぼけた詰まらない小説に思えるかもしれないが、また自分もそう思ったのだが、それが面白い。考えてみると1900年代というのは大きく社会が、人々の生活が変わった時代だ。その変化が小さなエピソードで語り繋がれていく。こんなにも当たり前の、というかごく普通の手法で、そのテーマも1900年代という近過去でありながら、こんなにも魅力的に新鮮に描いてみせるバッサーリの力量には感服するばかりだ。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-18 15:37 | Comments(0)
2008年9月15日月曜日 晴れ
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先日のスイスのジュネーブでスタートした加速器でブラックホールが出来て世界を飲み込んでしまうのでは、という話しがあったが、そんなうわさをからかった新聞がメールで送られてきた。レプッブリカというのは、イタリアの最大手の新聞だが、その紙面を装って誰かが悪戯したものだ。後24時間で世界はブラックホールに飲まれてしまう、記事で今イタリアを動かしている人物たちを登場、コメントさせているのは面白い。そこには、やはりカトリックの長である教皇がいて首相のベルルスコーニが居る。
右の方をみると、日本からのニュースものっている。イタリア人からみた日本人、一体あと24時間で世界が終わるとしたら日本人は何をするか。

GIAPPONE/SESSO FOLLE
Restano poche ore:vogliamo provare tutto
日本/セックス狂い
あと数時間しかない:全部試したい

まあ、これは下ネタの好きなイタリア人が書いているとはいえ、トヨタやソニーがどんなに頑張っても、イタリア人にとっては日本は芸者や浮世絵など、性に結びついたイメージが根深いということだろう。


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# by kimiyasu-k | 2008-09-17 20:11 | Comments(0)
2008年9月10日 水曜日 晴れ
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朝、キアラが事務所が入ってくるなり、「所長、あと、4日で私たちはみんなブラックホールに飲み込まれてしまうのね。」という。ちょっとそんな話は聞いていたけど、普通の人々の間では、もっぱら訳の分からない、「核実験」のために、ジュネーブの欧州原子核研究所で今日、試運転の行われた世界最大のサイクロトロンについて、こんな話しで盛り上がっている。誰も100%そんなことを信じている訳じゃないけど、やっぱり心の片隅にそんな不安を抱えているのは事実だ。新聞もこうして、見出しに「ジュネーブ、ビッグバンの日、でも世界の終わりじゃない」と書いている。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-11 01:40 | Comments(0)
2008年9月5日 金曜日 曇り
d0104210_2336172.jpgミラノの北、アルプスがロンバルディア平原に降りるところには、コモ湖をはじめ、マジョーレ湖、イセオ湖などの大きな湖水がいくつかある。
ミラノから車で一時間ほどのマジョーレ湖にサンタカテリーナという、1300年代にまで遡る美しい教会堂がある。サンタカテリーナは、マジョーレ湖の崖にまさに張り付くように建設された。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-06 23:26 | Comments(0)
2008年8月31日 日曜日 曇り
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何故か、コモ湖畔の街teremezzoにあるイタリア合理主義建築の建物を今まで見に行かなかった。コモの街から西岸を北上して、カデナッビアまで行き、そこからフェリーで対岸のベッラッジョまで渡り、家に帰ってきた。カラーテウリオでは、ちょうどバルカルチアの村対抗レースのゴールにでくわした。バルカルチアとは、コモ湖に特有の船で、マンゾーニの小説「許婚」の主人公ルチアから名前を取った。コモ湖畔の街、村がこのボートレースに参加して競う。今年はコモ湖の北の街、ドンゴが勝ったようだ。
トレメッツのある合理主義の建築はリンジェーリが設計したボートクラブのクラブハウスで、屋上の軽快な棟屋、バルコニー、飛び込み台などがとても軽快で清清しい。
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# by kimiyasu-k | 2008-09-02 00:26 | 建築・architettura | Comments(0)
2008年8月21日 木曜日 晴れ
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「エスマの秘密」という映画を見る。Jasmila Zbanic監督の2006年に製作されたボスニアの映画だ。戦争の犠牲者として収容所で強姦により子供をもってしまったエスマとその思春期に達した子供の話。エンターテイメント「映画」になれてしまったものには、その映像の貧しさやストレートな表現に物足りなさを感じてしまうが、戦争を語ることの、語り続けることの大切さを教える大きな佳作だ。
http://www.mymovies.it/poster/?id=43752
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# by kimiyasu-k | 2008-08-22 16:32 | Comments(0)