コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2007年12月03日 曇りのち晴れ
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一昨日からようやくガスが家に来た。昨年までは薪だけの暖房だった。車も寄り付けない湖畔の家では、全て肩に背負って運ばなければならない。一日10kg程度の薪でも4,5ヶ月分となるとかなりの量になる。その薪運びからも開放された。朝、暖かに暖房された家で目を覚まし、窓から外を見る。昨夜雨が少し降ったようだ。視線を上げると雲の切れ間から見えた山には、初冠雪があった。
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# by kimiyasu-k | 2007-12-03 19:35 | Comments(0)
2007年11月28日 曇りのち晴れ
「徴兵制あってしかるべき」 東国原知事が持論展開
2007年11月28日20時53分

 宮崎県の東国原英夫知事は28日、宮崎市の知事公舎であった若手建設業者らとの懇談会で「徴兵制があってしかるべきだ。若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている」と述べた。記者団に真意を問われた知事は発言を撤回せず、「若者が訓練や規則正しいルールにのっとった生活を送る時期があった方がいい」と持論を展開した。
 懇談会の終了後、知事は「道徳や倫理観などの欠損が生じ、社会のモラルハザードなどにつながっている気がする」と言及。「軍隊とは言わないが、ある時期、規律を重んじる機関で教育することは重要だと思っている」と語った。
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「道徳や倫理観」はまずは「家族」の中で親が子供に伝えていくものだ。「家族」という最小の共同体単位が機能していないところで、その役割を自衛体に転化するのは個人の責任の放棄にすぎない。自衛隊には本来の国を防衛するという役割があるのであって、道徳教育機関ではない。イタリアでは、3,4年前に徴兵制が廃止された。素人の兵士は、あまりに効率が悪く経済的な負担が大きい。
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# by kimiyasu-k | 2007-11-28 23:46 | Comments(0)
2007年11月26日 曇りのち晴れ
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コモ市のサッカー競技場内にあるプールに行った。この建物はイタリア合理主義建築の様式で、1930年代に建てられたものだが、その全面改修工事が終わったという噂を聞いたためだ。
内部は、驚くほど、綺麗に改修工事が行われていた。大理石の壁、モザイクの床、美しい飛び込み台など、おそらくオリジナルの状態を再現したものだろう。
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# by kimiyasu-k | 2007-11-28 23:31 | 建築・architettura | Comments(0)
2007年11月23日 雨
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久しぶりに中国に行ってきた。北朝鮮との国境近くの韓国人の街、延吉から車で2時間ほどの敦化という街だ。全く名前も聞いたことの無い、地の果てとも思える中国の街が一体どんなふうか興味深々だった。印象は、「もはや世界には辺境はないのか」、というものだった。仕事の関係で、建具を製作する工場を訪れたのだが、そこにはドイツ製の最新式の機械が設置され、ヨーロッパと全く同じ製品が作られていた。
日本では製造業が「大企業」志向なのに対して、若い起業家のあふれる中国では、小さな企業もとても活気がある。
街は綺麗に掃除されゴミひとつ落ちていない。ホテルは新しくスウィートが標準。レストランでサービスする女の子たちは、言葉が通じなくとも明るくとても親切で快活だ。彼女たちは日本ではほとんど見ることのできなくなってしまった、とても豊かな表情をしていた。
と書いた後、敦化市について調べると次の記事が見つかった。戦争は全く知らない世代だが、現在まだこんなことが起こっていることは衝撃だ。何も知らないとは言え、過去に深い傷をつけた「日本人」に、あんな笑顔を見せた少女たち。経済的にこれだけ豊かになった日本、早く戦争を終わらせたい。
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敦化市の毒ガス事故 日本が遺棄化学兵器と確認
日本の高島肇久外務報道官は3日、吉林省敦化市で先月23日に子ども2人が毒ガスで負傷した事故について、旧日本軍の遺棄化学兵器が原因だったとする談話を発表した。高島報道官はこの中で、日本として中国の被害者に心からのお見舞いを伝えるとともに、化学兵器禁止条約の「廃棄義務条項」に従い、適切に解決する意向を表明した。
この事故では、同市内の小川で水浴びをしていた子ども4人が砲弾1つを見つけ、流出した液体に触れた2人の手足が赤く腫れ上がり、ただれた。日本政府は中国外交部の申し入れを受け、調査団7人を現地に派遣して調査を進めていた。(編集NA)
「人民網日本語版」2004年8月4日
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写真は敦化でよく見かけた車。かなりカッコいい。
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# by kimiyasu-k | 2007-11-24 17:44 | Comments(0)
2007年11月01日 晴れ
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友人が建築雑誌インテルニの付録、世界の建築家へのインタビューのDVDを持って来た。雑誌の編集長をしている友人とこの手のDVDを見るのはとても面白い。今日見たのは、日本人の建築家伊藤豊雄とフランス人の建築家ドメニクペロだ。まず、伊藤は、白いワイシャツ、それもピンクの染みのような模様のワイシャツ姿で登場し、ドメニクは黒いジャケットに襟巻きを巻いている。伊藤がしている腕時計も印象的だ。二つの文字盤がダリの溶けた時計のような形をしている。これも西洋人に日本人が何かを語るときの常套手段だが、伊藤は日本の伝統的な剣術を引っ張り出す。ドメニクはいかにも知的パリジャンという典型的なフランス人を演じる。そこで建築家たちは、自分の建築について語るわけだが、全く違った状況で仕事をしているこの二人の使う言葉が全く同じことに気が付く。「自然」「感覚」がキーワードだ。これは、この二人の建築家に限らず、以前見たヘルゾーグのDVDでも同じだった。リアリズム、現実主義という典型的なイタリア人的な精神性を持つ友人は、「自然」「感覚」といった訳が分かったような分からないような足が地に着いていない議論は笑い飛ばす。それは現実を世の中に伝えるというジャーナリスト特有の気質によるのかもしれない。かつて建築家は社会問題や技術、美学的な視点から建築を語った。それが、今は世界中で建築家はエコロジストという口調で建築を語る。それはあたかも巨大な多国籍資本企業が世界中に牙城を築くために建築家という「きれいな顔」を利用しているかのようだ。も
ちろんこんな話は、着ている服やインタビューの時のポーズをおちょくりながらするわけだが、それでも戦後の建築家のイメージを時代を追って調
べてみよう、などという話になった。
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# by kimiyasu-k | 2007-11-03 17:38 | Comments(0)
2007年10月31日 晴れ
東京電力、28年ぶりに赤字 中越沖地震響く
2007年10月31日19時51分
 3月期は、本業のもうけを示す経常利益が、年度当初予想の4000億円から800億円に減少。柏崎刈羽で発電できなくなった電気を、油価高騰にもかかわらず火力発電で賄うため、燃料費負担が4400億円も増えるからだ。
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原子力発電反対の議論はどちらかと言えば、いつも技術的な側面から行われる。ある技術の評価は、その評価の領域を規定しない限り不可能なわけで、例えば原子力発電は安全性と経済性という領域で評価される。ところが、その領域の外で起きることに関しては全く寝耳に水で、技術の評価の対象とはならない。それは今日盛んに議論されている、エコロジー技術に関しても同じことが言える。単純な話、電気自動車はクリーンな技術だが、その電気はどこかで環境を破壊することによって生産されているのであって、技術評価の領域をもう一歩広げて考えれば、決して電気自動車がクリーンな技術とは評価することができない。おそらく、技術が社会的に本当に必要なのは定量的な評価ではなく、それがより所とする哲学の問題なのだろう。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-31 20:48 | Comments(0)
2007年10月29日 曇り
守屋氏「ゴルフ接待は計200回超」、退職金返納を検討
証人喚問に臨む守屋武昌・前防衛次官(衆院テロ防止特別委で) 衆院テロ防止特別委員会(深谷隆司委員長)は29日、守屋武昌・前防衛次官の証人喚問を行った。
 守屋氏は航空・防衛分野の専門商社「山田洋行」の元専務によるゴルフ過剰接待などについて、自衛隊員倫理規程に違反したとして謝罪し、退職金返納を検討する考えを示した。
ただ、防衛装備品調達をめぐる元専務側への便宜供与などは否定した。元専務との宴席に防衛長官経験者が同席したこともあったと認めたが、氏名は明らかにしなかった。
 証人喚問の結果は、政府が今国会で成立を目指す新テロ措法案の行方にも影響を与えると見られる。
(2007年10月29日16時58分 読売新聞)
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ゴルフ200回、安くプレイするために、社会的にこのような重要な公的立場を利用し、自分の地位、人生をリスクにさらす、どう考えても、バランスの取れた話ではない。ということは、その裏にバランスの取れた、自分の人生を賭けても意味のある何かがあると言うことだ。(もっともこんな簡単な計算ができない人物だというのならそれはそれであきれてしまうわけだが。)
単なる退職金の返納などという話でお茶をにごされてしまってはかなわない。マスコミも国会も、本気で仕事をしてもらいたい。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-30 02:26 | Comments(0)
2007年10月23日 晴れ
守屋氏は、石破防衛相が防衛長官在任中の03年8月に次官に就任した。石破防衛相は、「守屋氏がそのようなことをしていたとは把握できなかった。言い訳をするつもりはないが、すごく悲しい」と述べた。(2007年10月23日12時37分 読売新聞)

「悲しみ」は何か大切なものを失った時の感情であって、社会的な不正に対して感じなければならないのは「怒り」だ。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-23 15:10 | Comments(0)
2007年10月22日 晴れ
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昨日、栗拾いに行った。コモ湖は海抜200メートルくらいだが、1000-3000メートルの山に囲まれている。別荘の庭園、雑木林、遊牧地、急峻なアルプスの岩山と、非常に豊かな山相を呈している。毎年この季節になると、裏山の雑木林に栗拾いにいく。樹齢100年をゆうに越す栗の木が散在していて、週末には近くの家族連れが栗拾いに集まる。カサカサと音をたてる落ち葉を棒切れでかき払うと、 ツヤのある栗が至るところに姿を見せる。一時間ほどで、8kgの栗を集めた。小さな山栗はどうやって料理するかが問題だ。イタリアでは焼き栗、茹で栗が一般的で、暖炉の火の上で料理するための、穴の開いたフライパンや、回転ドラムが家庭用品屋には売っている。いろいろやってみたが、結局、栗の実の両面にカッターで切り込みをつけて、30分以上かけてゆっくりとフライパンで蒸焼きにするのが一番良いという結論になった。そうすると、栗の実は程よい湿気を保ったまま、ホクホクに焼け、渋皮も簡単に取れる。






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その後、近くの牧畜農家のやっている食堂にポレンタを食べに行った。ポレンタはトウモロコシの粉を銅の鍋に張った水に入れ、火にかけて1時間ほど練ったもので、鮮やかな黄色が食欲をそそるのだが、味のほうは、なんとも素っ気がない。パンが高級品だったころの庶民の食べ物がポレンタなのだが、イタリア人、特に北イタリアの人たちはこのポレンタが好きだ。南イタリア人は北イタリア人の蔑称としてポレントーネ、ポレンタ喰いと呼んだりする。長いことイタリアに住んでいると、この味も素っ気も無いポレンタを、新しい粉のでるこの季節になると食べたくなるから不思議だ。昨日はその中でも、一番エグイ、ポレンタウンチャを食べた。ポレンタウンチャは、ポレンタにチーズとバターを、それもかなりの量のチーズとバターを合わせたもので、そのカロリーたるや半端じゃない。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-22 16:49 | Comments(0)
2007年10月17日 晴れ
「200年住宅」優遇税制で促進へ
 政府は、建て替えずに何世代にもわたって住み続けることが可能な「200年住宅(超長期住宅)」の普及に取り組む方針を決めた。
 耐久性・耐震性に優れた住宅の建築を促し、長期の点検・修繕制度を組み合わせることで、建て替えの負担や廃材による環境破壊を軽減するのが狙いだ。---------------
 200年住宅は、高品質の戸建てやマンションを建築し、維持・補修を制度化することで資産価値を長期間保つ構想だ。木造住宅も、従来型より太い木材を使うことで長期の利用を可能にする。 現在の戸建てや、マンションなどの共同住宅はともに、建築から取り壊しまでの平均期間が約30年とされる。国土交通省によると、英国の平均77年、米国の平均55年に比べて短い。200年住宅は、新たに設ける認定制度に基づき、〈1〉耐震性を高めるため、住宅の柱や梁(はり)を従来型より太くし、耐久性向上のため、基礎部分を地面から高くし、風通しを良くする〈2〉長期間、定期的修繕を行い、その記録を電子情報などで保存・管理し、国民が中古住宅の品質を確認して売買ができるようにする――ことなどが柱だ。これにより、百数十年間住宅として使うことを目指す。政府は200年を「住宅の長期利用を象徴的に表す言葉」(国交省)としている。
 共同住宅の場合、柱などの構造躯(く)体(スケルトン)と、内装・設備(インフィル)を分離した工法を採用し、設備や間取りを入居者が自由に変更できるようにする。
(2007年10月17日15時1分 読売新聞)

イタリアでは、家は半永久といってもいい。私の事務所もおそらく基礎はローマ時代、北側の壁は1500年代、南側の壁は1700年代と思われる。約20年前にこの不動産を購入したさいに、床スラブはつくり直した。内部の間仕切りは全部撤去して、新しくした。もちろん、浴室も、電気設備も全て新しいものにした。残ったのは、外壁だけだ。このような工事は実際には、新築よりもお金がかかる。撤去工事が余分にかかるためだ。古い家は、新しい家に比べてコスト高なのは当たり前だ。イタリアでどうして、古い、美しい街がこんなにも残されているのか。それは、社会経済的に有利だからだ。つまり、古い家は、改築によって投資した分以上に価値を持ち、資産として有利だからだ。イタリアの古い建物が集まっている街の中心部は、チェントロと呼ばれている。ここは、街全体が文化財だ。このチェントロにある古い建物に投資をして、改修工事をすればその不動産の価値は新築の建物以上になるのは、街全体が魅力をもち、誰もがそこに住みたい、そこに家を持ちたいと思うからだ。住宅が200年耐えられるかどうかは、技術の問題ではない。柱を少しぐらい太くしようが、基礎の風通しをよくしようが、そうすることにより個人が経済的に何らかのメリットがなければ、建築は壊され、新しく作られる。何でも「環境」を持ち出せばそれが正義という短絡的な方法論では、住宅の寿命を長くすることは不可能だ。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-17 15:52 | Comments(1)
2007年10月16日 曇り
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海が見たくなり、日曜日に日帰りでリグリアのチンクエテッレに行ってきた。考えてみるとチンクエテッレに行くのは、なんと18年ぶりだ。リグリアはミラノから120kmほどで、日本で言えば、東京-伊豆半島の関係がミラノとリグリアだろうか。チンクエテッレは急な海岸線の崖に張り付くようにできたチンクエ、イタリア語で5、5つの漁村だ。実際、18年前に訪れたイメージが強く鄙びた漁村、をイメージしていたのだが、見事に国際観光地にと変貌を遂げていた。
レストランで出される料理がどこも、外国人を意識したのか、養殖もののスズキや鯛のグリル、イタリア全土でお決まりの、海の幸のスパゲッティ、といったもので、全くがっかりした。それでも、街も建築も自然も18年前と全く同じで、ロマネスクの教会堂や地中海の漁村はたくましく美しい。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-16 16:34 | Comments(0)
2007年10月14日 晴れ
全く何ともやりきれない事件だ。17歳で亡くなられた本人はもとより、ご子息を相撲界に託したご両親の「怒り」、国技としての相撲そのものに対するどんなに正当化しようとしてもできない汚点。どこに責任があるのかというような単純な因果関係の問題を超えて、起きてしまった、起こしてしまった事件が、どうしようもなく悲しい。
ヨーロッパ人はいったいどのような目でこのような事件を見るのだろうか。当然、日本のマスコミはこのような事件を海外に流さない。おそらく、それは、ある意味で日本人の心の核心にある触れたくない部分だからだろう。それは、朝日であろうが読売であろうが同じで、政治的な立場を超えて、それが日本人の感情の問題であるからだ。
ある事件をコレクティブな、共同体の心理として説明してしまうことは余りに安易だが、実際こうしてイタリアという全く別の共同体の中で暮らしていると、日本的な共同体価値観がよく見えてしまう。いじめ、自殺、高校野球特待生、など様々な話題、事件の根底に共通の日本人固有の「核心」があるというのは言いすぎだろうか。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-15 19:58 | Comments(0)
2007年10月13日 曇り
野菜や果物、チーズなどの買い物は、土曜日にまとめてコモ市の公設市場でする。100以上の店が並ぶ。イタリアにも郊外には大型のスーパーマーケットが立ち並び、若い人たちはみんな車で乗り付けることのできるスーパーに行くが、何といっても新鮮で値段も安い店がならぶ公設市場、メルカートは魅力的だ。今日は、5kgのリンゴ、2kgの洋ナシ、1kgのナス、2kgのバナナを行き付けの店で買い、そのあと、チーズの店に行き、casera stagionato, friuli latteria, alto lagoを全部で、一キロくらい買った。日本ではチーズはあまり親しまれていないし、イタリアとチーズはどうも結びつきがないようだが、イタリアは実にチーズが豊富だ。ワインがその産地によって無数にあるように、チーズも場所により実に様々なチーズがある。おそらく、イタリアには数百種のチーズがあるだろう。マスカルポーネという生クリームのようにおいしいフレッシュチーズから、ちょっと、というかかなり気持ち悪いが中にうじ虫の闊歩するチーズまで、実に様々なチーズがある。それでも、チーズの味が分かるようになるには10年以上かかった。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-13 22:27 | Comments(0)
2007年10月11日 晴れ
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日本語を教えている事務所の女の子キアラとYOUTUBEでアンジェラアキのコンサートの動画を見た。突然キアラが笑いだす。最初なぜ笑い出したのか分からなかった。聴衆だ。アンジェラが力強くピアノを叩いて熱唱しているのに、聴衆が規則正しく並べられたマネキンのように、不動で無感動なのだ。まるで小学校の朝礼に生徒がピクッともせずに並んでいるようだ。「クラッシックのコンサートならともかく、日本ではこうやってポップを聞くのか」と言われて、「確かに」と思う。
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# by kimiyasu-k | 2007-10-11 16:57 | Comments(0)
2007年9月27日 雨
ここ数日、急に寒くなった。今朝は8度とのこと。ストーブに薪を一本突っ込んだ。
昨日、9月からハンガリーに留学している甥っ子に電話をしてみた。大学のクラスは世界中から集まった学生で、その雰囲気がすっかり気に入ってやっているようだ。
「おじさん、日本って軍国主義みたいな国だね。」それが、感想だ。
昼休みを利用して、事務所の女の子に日本語を教えている。半分冗談ではじめたのだが、今ではかなり本腰を入れて勉強している。きょうはアンジェロアキの歌を訳したのだが、文章のおわ
りにつく「の」の説明がなかなか難しい。この「の」は女性が話すときにつける「の」なのだが、それが何となく「芸者」のイメージとつながっていってしまう。
言語としてはイタリア語は随分明確に表現することばだが、日本語はこの「の」をはじめ、様々な、微妙な表現があることに、改めて感心させられる。
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# by kimiyasu-k | 2007-09-27 22:40 | Comments(0)
2007年9月24日 晴れ
立教大の宣教師住宅、解体へ 昭和初期の木造洋館
2007年09月24日13時20分

 立教大学(東京都豊島区)構内にある昭和初期の洋風木造建築「校宅11・12号館」が、9月中にも解体されることになった。1931年に宣教師の居宅として建てられ、近年は同大事務室として使われてきた。周辺の住民らからは保存を求める声が出ているが、同大は新しい教室棟を建設予定で、現在地では難しいとしている.
 この建物はコロニアルリバイバル様式と呼ばれる木造2階建て。左右対称の構造で、二つの住居に分かれている。聖路加国際病院(中央区)チャペルや旧病棟の設計に携わった米国人建築家J・V・Wバーガミニ氏の設計。キャンパスにはかつて約10棟の校宅があったが、二世帯住宅で残っているのはこの11・12号館だけだ。
 米国人宣教師ウィリアムズ主教によって1874年に創設された同大では、宣教師が学内で生活し、学生と交流することを重視していた。米国から派遣された宣教師とその家族が生活したのが、洋風の校宅だった。
 中に入ると、歴史を感じさせる造りが随所に残る。メーンの階段とは別に手すりがない階段が設けられ、台所とつながっている。かつて住み込んだメード用だという。窓は上に向いて開き、開閉に合わせておもりが上下する仕組みだ。
 館内にある立教学院史資料センター課長の山中一弘さん(52)は「冬は暖房が利いてくる昼ごろまでコートを脱げないが、建学の精神の象徴のような建物」と話す。
 同大は異文化コミュニケーション学部の08年度新設などに伴い、この場所に地上6階、地下1階の教室棟を建てる計画を進めている。校宅は解体の際に建て方や部材などを調査のうえ、復元方法などを検討したいとしているが、場所などは決まっていない。
 解体を惜しむ声は少なくない。日本建築学会関東支部は5月、この建物が「近代建築史上高く評価されるもの」として、保存を求める要望書を同大に提出。同学会名誉会員の山口広・日大名誉教授によると、この様式の木造二世帯住宅は「おそらく国内で現存するものは他にない」という。
 50年代、この校宅でバザーに出す菓子を焼いたことがあるという卒業生の女性(69)は、「映画を通してしか知らなかった外国の生活や文化を教えてくれる貴重な場所だった」と話す。
 近隣の住民も「立教学院校宅11号館・12号館(旧宣教師館)を愛する会」をつくり、73人分の署名を集めた。発起人の一人、竹内里美さんは「昔から学内を散歩しているが、校宅のあたたかみのある雰囲気が好き。なくなるのは寂しすぎる」と話している。
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イタリア語でストゥルメントstrumentoという言葉がある。日本語に訳すと「道具」という意味だ。もちろん普通の道具を示すためにストゥルメントは使われるが、そのほか、手段という意味でもしばしば使われる。歴史的建築物の保存はもう数十年以上、いろんなところで議論が行われるが、一部の建物を明治村に移転することに成功した程度で、なかなか実現しないのが現状だ。国そのものが歴史的建築物のようなイタリアでも、そしてその建物がどんなに美術的な価値があろうが、なんらストゥルメントがなければ、このような美しい街が保存されるわけではない。イタリアの街を保存するには「法律」というストゥルメントがある。単純に法律によって保存されている。ただでさえ、数の少なくなった日本の歴史的建築物を保存するためには、善意や良識、ノスタルジーといった情緒では、どうすることもできない。個人の私有財産であっても建築のもつ公共的な側面を認めて法的な整備をすすめてはどうだろうか。
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# by kimiyasu-k | 2007-09-24 15:15 | Comments(0)
2007年9月17日 小雨
同校の教頭は「同級生とのやりとりはささいなことで、いじめという認識はない。理由はまったく不明だ」と話した。
朝日新聞の高校生自殺の記事に上のコメントが出ている。高校生いう一番不安定な精神状態を事もあろうに高校の教頭が全く理解していないとしか思えない。これでは、いじめも自殺もなくなることは無いだろう。ほんの少しの人間性がいったいどれだけ人を救うだろうか。
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# by kimiyasu-k | 2007-09-17 15:34 | Comments(0)
2007年9月15日 晴れ
テレビでマイケルボブレという歌手を知った。50年代の音楽からはじめて今は若い人も聞くポップも歌っている。素直な声、が心地よい。朝日新聞でアンジェロアキという歌手がいることを知った。宇多田ヒカルという歌手が、日本では随分有名なこともどこからともなく聞いていた。年がいもなく、若い人たちの聞くポップミュージックを聴いてみる。白人、黒人、黄色人、という大きな分類で、声の質が違うことに気がつく。黒人の歌手はどこか濁ったような声だがとても存在感がある。白人の声は濁りもなく、存在感もそれなりにある。日本の音楽がなぜ西洋で理解されないのか。日本人の声が細いことに気がつく。おそらく、日本で聞いていればアンジェロアキと宇多田ヒカルは全く違った歌手なのだろうが、遠くから見ていると同じ部類に入ってしまう。体型が違うように人種によって声の質が違うというのは発見だ。それにしても、日本のポップミュージックの歌手がとてもいい歌を上手に歌っているのに、バックミュージック、後ろで演奏しているオーケストラのひどいことと言ったらない。特にバイオリンが旋律を奏でるバックは突然30年前に引き戻されたようだ。
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# by kimiyasu-k | 2007-09-15 17:13 | Comments(0)
2007年9月12日晴れ
今住んでいる家はコモ湖畔にある。バルコニーから釣りができるほど、湖畔だ。14年前、コモの街中にすんでいた時、週末住宅として購入した。週末住宅と言うと何か随分豪華な感じがするが、イタリアでは普段生活をする街の家と週末を自然の中で過ごす週末住宅の二軒を持っているのがごく普通のことだ。
家といっても一戸建てではない。日本で言えば所謂マンション、アパート、共同住宅だ。とはいえ、築数百年で日本では少しイメージするのが難しいかもしれない。
このアパートは6家族ほどが住んでいる、というか所有しているわけだが、とても多様だ。我が家は3階の半分を占める。上にいるのは、ミラノの銀行に勤めているコンピューター関係のサラリーマン一人暮らしで56歳くらいだろうか。数年前に女房に逃げられて今は新しい女がリボルノというミラノから300KMほどのところに居る。土日はその新しい彼女のところに行く。趣味は模型の船を作ること。普段は随分おとなしいというか、静かな感じだけど、突然発作、ヒステリーを起こす。その隣は、オーストラリア人の45歳くらいだろうか。何をしているのかよくわからない。そういえば、彼も奥さんに逃げられた。数年まえ。奥さんは南アフリカ出身の画家で、似顔絵を描いていた。随分、腕もよく関心していた。数年まえ、彼女が曹洞宗の座禅をしていたという話を聞いて、ミラノにあるお寺、座禅道場に一緒に通っていた。数年前の夏休みに彼女はひとりでパルマの近くにある寺に一週間座禅会に行く。そこで運命の男と出会い、夫を捨ててどこかに行ってしまった。その夫が今は一人で住んでいる訳なのだが、新しい彼女がスコットランドに居るために、この家にはほとんど帰って来ない。スキー場で子供相手のスキーの先生をしたり、一体どうして生活しているのか分からない。もう5,6年はイタリアにいるのにイタリア語もあまり話さない。となりは、イタリアのテレビ局に勤めるサラリーマン。ほとんど来ることはない。数年前までは奥さんが時々ひとりできて滞在していた。と思ったら、今年は韓国人のあたらしい彼女をつれて、おまけに混血の子供も二人連れてやってきた。奥さんが知らないうちに韓国人の愛人を作り、こどもも二人作ったとのことだ。
下の家は、今は人に貸している。ドイツ人の若いカップルが時々やってくる。このカップルとはほとんど会話がなく、全くどんな人たちなのか分からない。ともかくドイツに住んでいて時々やってくるようだ。家の持ち主は、スチームアイロンの工場を経営する、所謂お金持ち。もちろんこの家はセカンドハウスとして購入したのだが、その直後に、3000坪の庭のある1900年代初めのアールヌーボー様式の豪邸を購入し、こんな小さなアパートにやってくることは無くなってしまった。その隣には、5,6年前にやってきた下着縫製工場を経営する夫婦がいる。もちろんセカンドハウスとして。この夫婦とはとても仲良しで、彼らがやってくる土曜の夜は必ず尋ねていき、雑談を夜中までしまくる。ミラノはファッションの中心地で、彼らの工場ではプラダやアルマーニなどのブランド品の下着、水着類を縫製している。
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# by kimiyasu-k | 2007-09-13 01:31 | Comments(0)
2007年9月9日晴れ
友人の結婚式に出る。花婿56歳、花嫁40歳くらい、二人ともすでに10年以上一緒に暮らしている。式は、コモの市役所で行われた。花嫁が再婚ということで、教会で結婚することはできない。教会は離婚を認めていないから、教会で二度目の結婚式を挙げることはあり得ないわけだ。もっとも、離婚でなく教会が結婚を一回目の結婚を無効と認めた場合には、できるが。しかしそれには、教会に無効を認めてもらうための長い手続きが必要になる。というわけで、友人たちは市役所で行った。式を執り行うのは、「市長」だ。市役所での結婚式はサエナイということをよく言われるが、宗教色のまったくない結婚はそれはそれでなかなかスッキリしていて、爽やかで気持ちが良い。そのあと、披露宴はプシアーノ湖というコモから20kmほどはなれた小さな湖のほとりにあるレストランでやった。披露宴といっても、新郎新婦の紹介、上司、友人の祝辞といったものは全く無く、ただヒタスラ、料理を食べ続けて、雑談をして、踊ってというだけだ。これも、堅苦しくなくて随分気が楽だ。ただし参ってしまうのは、1時から始めて6時まで食べ続けることだ。今回は食欲に任せて、全て食べてしまった。
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# by kimiyasu-k | 2007-09-11 01:16 | Comments(0)