コモ湖畔の書斎から dalla finestra lariana

2015 03 09
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EPSON R-D1 BIOGON28mmf2.8
先日,偶然youtubeで「1966年東京」という動画があった。高度成長の始まったその時代は自分も小学生だったから懐かしさを覚える。着物を着て白い割烹着をかぶり、何故か真ん中に1本だけの吊り手のついた買い物籠を下げて八百屋,魚屋と商店街に出掛けていく母親の姿は確かにあの時のものだ。朝は牛乳配達が、木でできた牛乳箱に紙の蓋のある瓶に入った牛乳を配っていく。
台所は土間に釜があった時代から、キッチンへと移り変わった頃で,ステンレスのキッチンがモダンのシンボルとして印象的だった。キッチンの前には,あかり取りの窓があった。時には出窓になっていて、そこに鍋などの洗ったばかりで濡れた台所用品が並べられた。
古き良き時代の懐かしさはさておき、何か圧倒的に魅力的な建築を感じてしまうのは何故かと考えてみて,気付いた事があった。それは1966年にはまだアルミサッシが無かった事だ,少なくとも普及していなかった。真鍮の戸車とレールの付いた引き違いガラス戸をガラガラとあけるあの感触は忘れていない。気密性,断熱性能も防犯性能も今のアルミサッシに比べたら比較にならないほど「性能の劣った」木製建具だったけれども、日本の建具屋職人の技術で作られた「サッシ」は障子のように繊細で真壁構造の住宅に調和した素晴らしい建築要素だった。それが1970年にはいると瞬く間に,暴力的に日本全国をアルミサッシが席巻した。アルミと木の日本住宅,これほど誤った組み合わせは無かった。1970年以降の日本の街をこれほど醜くしたのは、このアルミサッシだった。今となってはその余りの醜悪さを誰も問題にすることはないけれども。
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by kimiyasu-k | 2015-03-10 15:00